人材派遣業6社の決算から見る、業界の動向

今回の記事は、公認会計士 眞山 徳人氏により寄稿いただきました。
眞山氏は公認会計士として各種コンサルティング業務を行う傍ら、書籍やコラム等を通じ、会計やビジネスの世界を分かりやすく紐解いて解説することを信条とした活動をされています。
眞山氏の著書、「江戸商人・勘助と学ぶ 一番やさしい儲けと会計の基本」では、難解な会計の世界を分かりやすく解説しています。

これまで、いくつかの人材業界の企業を題材に、決算数値の分析を行ってきました。それらの分析はあくまでも個社ごとに行っていたもので、競合他社同士の比較分析などは取り扱っていません。

今回は「人材派遣」業界の主要な企業の業績を分析することで、人材派遣業界の動向を探ってみようと思います。

メジャー系と特化系で分析の着眼点は変わる

大ざっぱな分け方ではありますが、人材派遣業は、比較的簡単な事務作業をはじめ、いろいろな企業側のニーズをとらえて幅広く人材を紹介する「メジャー系」の派遣業と、ある程度分野やスキルを絞り込んで、特定の業種・職種に関する人材派遣のみを扱う「特化系」の派遣業とに分けることができます。

メジャー系の人材派遣業は規模が大きいため、彼らの業績が市場規模に影響を与えます。なおかつ、メジャー系各社はそれぞれが競合関係にあります。そのため、メジャー系各社を分析することによって、人材派遣業全体の市場規模の推移や、メジャー系各社の力関係の変化が見て取れます。

いっぽう、特化系の人材派遣業は規模が大きくないため、1社の業績が市場全体に与える影響はそれほど大きくありません。しかも、それぞれが異なるフィールドに特化しているため、競合関係にないという特徴があります。特化系の決算を分析することによって見えてくるのは、むしろ人材の派遣先である事業会社の動向ではないかと思います。

分類 分析によって見えてくるもの
メジャー系
・人材派遣業の市場全体の動向
・各社の力関係の変化
特化系
・派遣先の会社の動向を間接的に探る

メジャー系は各社ともに増収。キーワードは「海外」。

以前何度か用いた「バブルチャート」の分析手法を用いて、メジャー3社(リクルート・パソナ・テンプ)の直近の通期決算を比較してみます。

「バブルチャート」では、1つのグラフ平面に3つの要素を並べています。

  • 縦軸…各事業の営業利益率=どれくらい効率よく儲けたか
  • 横軸…各事業の成長率=どれくらい売上を伸ばしたか
  • 円の大きさ…売上高=どれくらい売り上げたか

3社を比較すると、このようになります(なお、比較を対等にするため、各社ともに人材派遣関係のセグメントだけを切り出して分析しています)。

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どの会社も10%以上の成長率を示しており、売り上げが順調に増加していることが分かります。リクルート、テンプの成長率が際立って高いのは、いずれも海外への進出の成果です。海外の人材派遣会社を買収するなどして、メジャー各社はその勢力をどんどん広げようとしています。

一方で、利益率が少し薄いのが気になります。特にパソナは1%弱の利益率となっていて、人材派遣業そのものが薄利の競争環境に置かれていることがよくわかります。

日本国内における人材派遣業は、社会的に「同一労働・同一賃金」などの考え方から少しずつ正社員化へのバイアスがかかってきている中で、少しでもリスクを和らげるために海外に販路を求めている・・・という動きも見て取れます。

海外への広がり以外にも、他のサービス(メディアや福利厚生など)を積極的に展開するということも、メジャー系各社が取り組んでいるもう一つの施策です。

特化系は利益率が高いのが特徴

次に、特化系の各社も分析してみましょう。メジャー系と同様、人材派遣に関連するセグメントを分析の対象としています。

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※1 ファクトリー・テクノ・R&D・セールス&マーケティングの4セグメントを合計。
※2 建築技術者派遣・エンジニア派遣の2セグメントを合計。

特化系の各社はそれぞれ異なるフィールドで人材派遣を行っています。

  • メイテック…主に技術者を派遣
  • ワールドホールディングス…主に製造スタッフを派遣
  • 夢真ホールディングス…主に建設業界に人材を派遣

3社いずれもしっかりプラス成長を遂げており、しかも、利益率がメジャー系よりも高いことが分かります。これは、冒頭にて説明したとおり、分野やスキルを絞り込んで、特定の業種・職種に適した人材を紹介できるという点で、メジャー系よりも付加価値性が高いためです。

技術系や製造・研究開発といった分野は、日本の大手製造業がリストラなどを繰り返した結果、優秀な方々がたくさん働く機会を待っています。人材を紹介してもらう企業側も、経験値の高い人に来てもらえれば、単に手伝ってもらうというだけでなく、会社全体の生産性の向上などにも寄与することがあります。

また、夢真ホールディングスが特化している建築業界は、いま、五輪に向けたインフラ整備などが急ピッチで進んでいるため、ちょっとしたバブル状態にあります。少なくとも五輪の直前までは、人材ニーズが非常に高まった時期が続くことが予想されるため、夢真の事業はしばらくは安泰といえます・・・が、そういった業界には大手などがすぐに参入してくる可能性があるため、いかに先行者として強みを維持していくか?という点が重要になってくるでしょう。

もう一つ観点を上げるとしたら「M&A」です。特化系の人材派遣業には大手にはない強みを持っているわけですが、大手から見れば、そのような会社を買収してグループに入れることで、(もちろんお金はかかりますが)容易くその強みを自社グループに引き込むことができます。

そしてそれは、特化系の企業にとっても経営基盤を安定させるというメリットがあります。2015年には、営業系人材に特化したP&Pホールディングスが、パソナグループに買収されました。

メジャー系と特化系、それぞれの動きをこれからも丁寧に追いかけてみたいと思います。