『ミッション・ビジョン・バリュー』決めただけになってない? 未知流・MVV浸透の極意

未知株式会社
代表取締役社長
下方 彩純 氏
げほう・あずみ/2007年新卒としてシード期のITベンチャー企業に入社。メディア運営、マネジメントを経験後、株式会社フリープラスの立ち上げに参画。SES営業、アパレル事業、WEBマーケティング事業の立ち上げを経験し、2009年同社執行役員、2011年取締役(WEBマーケティング事業管掌)に就任。取締役就任後、地方創生事業、インバウンドリサーチ事業の立ち上げに従事し、2015年取締役(マーケティング事業管掌)に就任。2017年、未知株式会社を創業し代表取締役に就任。ファンマーケティング、コーポレートブランディングを考えたサイト制作を軸に企業の魅力を最大化し、ファン創りを支援している。

「ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)」という言葉を知っているだろうか。企業の目指す姿や目標、共有する価値観などを示す言葉で、経営理念や社是などと近い意味合いを持っている。

近年では広く知られてきている概念だが、実際に自社のMVVをしっかり覚えていて、日々意識しながら働けている人はどれくらいいるだろうか?

コーポレートブランディングを手がける未知株式会社が行った調査によると、採用課題を抱える中小企業経営者のうち55.3%の人が「MVVは重要だ」と感じているのに対し、実際に作成している企業は28.6%と少ない。また、そのうち「MVV作成後、何もしていない」と回答した企業は10.0%、「自社サイト/採用サイトに反映しているのみ」と回答した企業は36.7%にのぼっている。

せっかくMVVがあっても実行できておらず、形だけのものになってしまっている企業は意外と多い。今回は同社の代表取締役社長である下方氏に、MVVをしっかり設定するメリットと注意点、社内に浸透させるためにはどうしたらいいかについて話を伺った。

MVVは経営者と会社の行動の軸になる

まず初めに、MVVを作り込むメリットについて聞いた。

「メリットの1つめはブランディングです。特に効果が大きいのが採用ブランディングで、大企業から引く手あまたで普通では採用できないだろう人財が、MVVに惚れ込んでベンチャーや中小企業に応募してくることも珍しくありません。実際弊社でも、立ち上げた直後のまだ小さなマンションオフィスで経営していた時に、MVVに共感して京都大学の学生が応募してきてくれたことがあり衝撃でしたね。

アウターブランディングの観点では、MVVがしっかりしていると外部の方に信頼していただきやすいという効果があります。特に取引先や銀行、出資者の方などは経営者の資質を注視しているので、MVVを体現していることで企業としての一貫性を示せれば好印象を与えられます。また、MVVの話から事業に興味を持っていただけることも多いです。

2つめは安定感です。そのMVVに共感する人が応募してきてくれるので、経営者としては同じ理想・価値観を共有する仲間が増えていく安心感が非常に大きいです。私自身、経営者という立場でいると社員に対して『私について来てくれるだろうか』と疑心暗鬼になってしまいがちです。しかし、MVVを共有できる仲間になら『どんな時でも最後までついてきてくれる』と思えるので、精神的な安定が得られると思います。

3つめは、会社の方向性を示す旗印となることです。社長を長年続けていくと、立ち上げの時に掲げていた目標や想いを忘れてお金や地位に固執してしまい、何のためにこの会社を作ったのか分からなくなることがあります。そんな時にミッション・ビジョンに立ち返ると目が覚める、初心に戻れるというのが、経営者ひいては会社にとってのメリットになると感じています」

テレワークの普及で組織の軸としてのMVVが必要になった

さらに今MVVが重要な理由として、コロナ禍でテレワークの機会が非常に増えたことが挙げられる。なぜならテレワークで帰属意識が薄れがちになり、社員一人ひとりの「なぜこの会社に集まってきたのか」がブレやすくなっているからだ。

「コロナ禍に限った話ではありませんが、MVVがないと社内にまとまりがなくなります。それは社員それぞれがこの会社にいる理由を給与やポジション、仕事内容や人など、バラバラなものに求めてしまうからです。

給与、ポジション、仕事内容、人などは変わっていくものです。支えにしていたものが変わってしまえば会社にいる意味がなくなり、転職を考える人も出てくるでしょう。しかしミッション・ビジョンは滅多に変わらない。だからこそMVVに共感して集まった人たちは、事業が変わっても仕事が変わってもついてきてくれると考えています」

極論、MVVは経営者がいなくなった後にもずっと残していけるものだ。長く続く会社を作っていきたいのであれば、MVVは絶対に必要だと下方氏は語る。

MVVを形骸化させないために「評価」との紐づけを

MVVの重要性はもう知っている、あるいは既に自社で設定しているという方も多いだろう。そこで気をつけなければいけないのが、「MVVはちゃんと効果を発揮しているか」だ。ミッション・ビジョン・バリューのどれかが欠けていたり、中途半端な決め方をしていたりすると、せっかく作ったMVVも実効性がなくなってしまう。

ミッション・ビジョン・バリューは3つ揃ってこそ意味がある

下方氏いわく、実はミッション・ビジョン・バリューの3つが全部揃っている企業は少ないという。ミッションとビジョンがあってバリューがない企業や、ミッションだけの企業、コアバリューと呼ばれる行動指針だけを用意している企業なども一定数存在する。

「私はミッション・ビジョン・バリューは3つ揃っていないとダメだと思っています。というのも、この3つはお互いに繋がっているからです。

まずミッションというのは、『企業の果たすべき使命や存在意義』のことです。それに対してビジョンは『その存在意義をもって何を実現しにいくのか』という具体的な未来のこと。逆に言えば『どんな未来を実現したら使命を果たせたと言えるのか?』がビジョンです。そしてバリューは、『ビジョンを達成するための行動指針』を示します。ありたい姿であるためにはどんなことを大切にすべきか、全社で共有する価値観です」

「ミッションがないと、ただ目標を達成することを目指し、企業としてのあり方や手段を問わなくなってしまう。ビジョンがないと、具体的な目標がなく目指す先が分からない。バリューが欠けると、ミッション・ビジョンを達成するために日々の仕事で何を大切にすればいいかが見えなくなってしまう。この3つが揃っていないと、必ずどこかがブレてしまいます」

MVVが「設定しただけ」に…社員に浸透しない理由3つ

また、3つ揃ったMVVが形骸化してしまう理由として、下方氏は次のように語る。

「まず1つ目は、MVVをなんとなく作ってしまうこと。ミッション・ビジョン・バリューというものを作らなければいけないらしい、ということでなんとなく作ったものの、社長本人でさえ覚えていないという企業は実は多いです。社長に浸透させる気がなければ当然浸透しません。

2つ目はミッションとビジョンとバリューの繋がりがないことです。先ほど述べたようにミッション・ビジョン・バリューは本来3つがリンクして指針となるものです。MVVが揃っていてもそれぞれが繋がっていなければ、存在意義と目標と行動が全てバラバラになってしまいます。すると社員の中でも日々の行動と会社全体で目指すものが乖離してしまい、MVVの形骸化に繋がります。

3つ目は評価されないことです。例えば信号は守るべきだと分かっていても、実際無視する人は多いですよね。でも信号を守ったらお金がもらえる、あるいは信号無視をしたら罰金を取られるというルールがあればきっとみんなが信号を守るでしょう。同じように、MVVを体現しながら仕事していても給料や役職に反映されない場合、意識しなくなってしまう人は多いです。浸透させるにはMVVを組み込んだ評価システムが必要なのです」

未知流MVVの決め方 バリューはメンバーがつくるべし

では具体的に、どのようなことに気を付けてMVVを作っていけばよいのだろうか。先述の調査によると、MVVを作成していない理由は「作成する方法がわからない」が38.7%で最多であり、経営者の悩みとなっているようだ。そこで今回は未知株式会社で実際に行っている方法を伺った。

「ミッション・ビジョンを作る上でまず大事なのは、経営幹部それぞれがどんな会社を作っていきたいか、インタビューを行うことです。経営幹部の掲げる理想が一緒だと思ったらズレていた、ということが多いんです。まずその思い込みを捨て、ズレていると認識することから始めるべきですね。

この時のコツは、第三者にインタビューを行ってもらうことです。なぜかというと社内の人相手に本音を言うのは難しく、忖度が発生してしまうから。社長がファシリテートするのは絶対にNGです。できれば利害関係がなく、MVV構築のプロセスを講じられる外部の業者の方に参加してもらうのがおすすめです。そして持ち寄った意見は簡単に切り捨てず、納得いくまで徹底的に議論することが重要です」

一方バリューについては、経営幹部ではなく現場で働く社員で作るべきだという。

「理由は2つあります。1つは、経営者が決めたバリューではメンバーに『やらされてる感』が生まれてしまうこと。もう1つは、現場に沿っていない、経営者にとって都合のいいバリューになってしまうことです。社員だけで作ると、経営陣の発想にはなかったバリューが出てくることがよくあるんですよ。でも『言われて見れば確かに』という納得感がある。それは現場に即したバリューだからですよね」

未知株式会社では実際にこのやり方でMVVを制定している。経営陣がミッション・ビジョンを体現できているメンバーを選抜し、2泊3日でバリュー決めの合宿を行った。まずはミッション・ビジョンの背景や、今後どんな組織を目指して行きたいかについて下方氏からプレゼンし、その後メンバー同士でどんなバリューがいいかディスカッションを行ったという。

ディスカッションの際、下方氏は基本的に一切口を出さない。そうして出てきた案に下方氏からアドバイスをして、最終的なブラッシュアップをかけバリューを完成させた。

「ミッション・ビジョンをしっかり理解している人達であれば、ある程度任せても方向性のまとまったバリューがちゃんと出てきます。そして本人たちにも『自分たちが作った』という納得感や思い入れが生まれるので、積極的に体現し、他のメンバーに伝えていってくれるんですよね。

ミッション・ビジョンという根本的な思想の部分は経営者が決めて、個人の行動目標であるバリューは働いてる現場の人たちで作っていくことがポイントです」

MVVを浸透させるコツ ミッション達成までのストーリーを語ろう

次に気になるのは、作ったMVVをどのように浸透させていけばいいかだ。

「まず毎日の取り組みとして、弊社では毎日朝礼でMVVの唱和をします。また、終礼では持ち回りでバリューについてのエピソードを語っていますね。毎日MVVを意識する時間を設けるとともに、実際のエピソードに引き寄せて考えることで実感を持って頭に入っていくような仕組みを作っています」

また先ほど重要性を述べた通り、MVVへのコミットを評価する制度も設けている。1ヶ月に1回、メンバー同士で「この1か月間各バリューをどれだけ体現できていたか」を振り返る360度評価制度を実施している。自分の行動を客観的に振り返れる上に、頑張った分だけ評価が返ってくるためモチベーション維持にもなる。

「そして何より重要なのは、MVV達成の道筋をストーリーで話すことです。言葉だけではミッション・ビジョン・バリューの繋がりを覚えにくいですが、ストーリーを作って日々伝えていくことで浸透していくんです。弊社では四半期報告会のたびにミッションの話をしており、その際ランダムに『このストーリーを語れる人?』と指名するのですが、誰を当ててもしっかりと語れます」

MVVの浸透している未知では、採用現場や他社との関わりの中で「本当にみなさん未知っぽい人ばかりですね」と好意的な声を掛けられることが多いという。掲げているMVVと実際に働く社員にブレがないことは、信頼に繋がり企業の強みとなる。「自社らしさ」を構築するために、一度MVVの見直しを行ってみてはいかがだろうか。