今回の記事は、公認会計士 眞山 徳人氏により寄稿いただきました。
眞山氏は公認会計士として各種コンサルティング業務を行う傍ら、書籍やコラム等を通じ、会計やビジネスの世界を分かりやすく紐解いて解説することを信条とした活動をされています。 眞山氏の著書、
「江戸商人・勘助と学ぶ 一番やさしい儲けと会計の基本」では、難解な会計の世界を分かりやすく解説しています。
昨年11月24日の経済財政諮問会議で、安倍総理が次のように発言したことが話題を呼びました。「最低賃金を年率3%程度を目途として引き上げていくことが必要であります。これにより全国平均1,000円となることを目指します」
最低賃金は都道府県ごとに異なっており、最も高い東京都では一時間あたり907円、最も安いところ(複数あり)で一時間あたり693円となっています。全国的な平均値としては加重平均で一時間あたり798円。これを年3%で引き上げ続けていくと、1,000円に到達するのは2024年。計算上は約8年後に達成できる見込みとなるわけですが、本当にこれが現実のものとなった場合、私たちの生活にはどのような影響が及ぶのでしょうか。
最低賃金が上がると、アルバイト・パートの方々の収入はもちろん増加します。しかし、その分はいろいろな製品の値段に上乗せされるはずで、時給が上がった分、私たちの暮らしに必要なアイテムが、少しずつ値上がりしていく可能性もはらんでいるわけです。
例えば、「安く食べられるもの」の象徴といえる牛丼。
最低賃金が上昇したら一杯いくらくらいになるのか、試算してみるとどうなるでしょうか。たまたま私の自宅から最も近い牛丼屋さんが「吉野家」なので、吉野家をモデルに計算をしてみたいと思います(こんな個人的な理由ですみません)。
吉野家の平均時給は最低賃金よりもかなり高いが・・・
下図は最近の吉野家の求人情報を分析したものです。(ソースデータは、株式会社ゴーリストの求人マーケット分析ツール「HRogチャート」にて抽出・集計されたもの)
都道府県ごとのアルバイト店員の求人を見てみると、その時給は都道府県ごとにバラバラで、700円(長崎県)から1,056円(東京都)までの幅があります(もちろんこれは、先に述べた都道府県ごとの最低賃金を上回っています)。
そして、吉野家ホールディングスの有価証券報告書を元に同社のアルバイト・パート人員の平均時給を試算すると、一時間あたり1,091円という結果になりました(有価証券報告書に記載の平均臨時雇用者数とパート費の計上額から筆者が試算。
なお先ほど示した求人の金額に比べて割高になっているのは、25%の手当てを上乗せする必要のある深夜勤務のアルバイトの賃金や、長年勤務を続けて技術を高めて時給をアップさせている方の分が含まれているため)。
これは、最低賃金の全国平均、798円と比べると36.8%高い水準です。
仮に、798円の平均最低賃金が1,000円になったとした場合、引き続き吉野家が同じように人員を確保しようとしたら、今までと同様に、全国平均よりも少し高い水準でのアルバイト募集を行うことになります。最低賃金が上がってもアルバイト時給を上げない、という判断をしてしまうと、それだけ優秀な人員が他の求人に流れていってしまうことになるからです。
というわけで、将来達成されるはずの最低賃金1,000円に対して、同様に36.8%高い「1,368円」を想定時給としてみましょう。吉野家ホールディングスの有価証券報告書によると、2015年2月期のパート費は32,338百万円でしたが、平均人員数が上がらないまま平均時給が1,368円になった場合、パート費は40,533百万円にまで上昇します。費用の上昇分は実に8,195百万円。およそ82億円です。
この数字は一見ものすごく巨額なものに見えますが、果たしてこの金額が、「一杯の牛丼」にどのように影響されるでしょうか・・・考えてみることにしましょう。
試算してみると、413円になる
そもそも、吉野家ホールディングスが展開している事業は「吉野家」だけではありません。吉野家、京樽、ステーキのドン、フォルクス・・・皆さんがよく見かけるチェーン店舗を、かなり手広く手がけているのが吉野家ホールディングスのグループ会社です。グループ全体の売上高は2015年2月期で180,032百万円なのですが、そのうちの約半分にあたる94,516百万円が、牛丼チェーン店である吉野家からの売上になります。
94,516百万円に対して、先ほどの費用の上昇分である8,195百万円は、およそ8.68%。これが牛丼の価格に転嫁されるとしたら、現在380円(並盛)の牛丼は、413円になることになります。
もちろん、これは他の条件を全て一定にした場合の話です。他にも牛丼の値段に影響を与えるものはたくさんあります。例えば、最低賃金1,000円が達成されるのが先ほど書いたとおり8年後だとすれば、消費税率は10%になっていますから、その分の値上げが行われる可能性は十分にあります。また、吉野家と言えば米国産の牛肉を大量に輸入していることは御存知の通り。為替レートが変動するだけで、牛丼の価格が上下していく可能性は否定できません。
ですから、ここでは最低賃金が1,000円まで上昇した場合、牛丼の値段を「少なくとも33円くらい押し上げる」効果があると思っていただければと思います。
正しい感覚を持つために、数字への感度を高めよう
380円の牛丼が413円に。この値上げ幅を見て、「30円ちょっとなら、大したことがないよなぁ・・・」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、最低賃金を1,000円に引き上げれば、その上げ幅は25%以上ですから、牛丼の値上がり幅はそれに比べれば小さなものです。この感覚が実はとても大事。「アルバイトの収入が25%くらい上昇する」ということに対して、「消費者の負担感は9%くらいしか上昇しない」のであれば、賃上げというのは全体的にみて歓迎すべき動きと捉えることも可能です。
平均賃金を上げるという行為に対して「得をする人」と「損をする人」が両方現れることは、避けることができません。賃上げに限らず、ほとんどの経済政策は「得をする人」と「損をする人」の両方が現れてきます。
そういうときに大事なのは、実は自分自身が損をするか否かだけではなく、全体の総和として、プラスが勝るのか、マイナスが勝るのか・・・ということではないかと思います。そのような考え方をするために、身近なものをモノサシにした数値分析やシミュレーションは非常に有意義です。これからも色々な経済ニュースに触れて、自分なりに感度を高めていっていただければと思います。
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(HRog編集部)