2019年4月に働き方改革関連法が施行され、長時間働いて成果を上げる考え方が見直される中、社員一人ひとりの生産性向上に本格的に取り組む企業が増えている。
今回は「人事の視点から会社全体の生産性をどう向上させるか」をテーマにしたセミナー「実践的働き方改革の取り組み〜明日からできる生産性の向上施策〜」の様子をレポートする。
目次
「人事制度とは願い」制度設計の役割と意味
小倉 将 氏
株式会社チームスピリット 戦略企画室 リーダー
慶應義塾大学卒業後、新卒で三井不動産株式会社に入社。郊外型商業施設『ららぽーと』や三井アウトレットパークの用地取得業務に従事。2015年アカツキにジョインし、採用チームでの新卒採用や福岡拠点の立ち上げ等を行った後、2018年6月、チームスピリットに入社。現在は人事領域を中心に組織開発を担当。
TeamSpirit・小倉:人のマネジメントの手法は大きくパーソナルマネジメントとヒューマンリソースマネジメントの二つに分かれています。
人をコストとみなし、短期的な視点で人を管理する手法
人を財産をみなし、長期的な視点でメンバーの活用を考える手法
TeamSpirit・小倉:TeamSpiritでは、ヒューマンリソースマネジメントを大切にしています。本日はこの考え方を前提に、会社全体の生産性向上の取り組みについてお話しします。
TeamSpiritでは、人事領域の仕事を大きく四つの象限に分類しています。横軸が「人財(個人)⇔組織」、縦軸が「心理的価値⇔機能的価値」という軸です。
そしてその軸を元に、人事が行うべき施策を下記の四つに分類しています。
メンバーが会社・ひいては社会で活躍するために必要なマインドを育成するための施策。読書会や自分啓発のワークショップ開催などがこれにあたる。
メンバーに業務にあたってスキルを身に着けてもらい、企業全体の生産性を高めるための施策。各メンバー・マネージャー向けの研修等がこれに当たる。
メンバーの会社に対するエンゲージメントやロイヤリティを高めるための施策。
コアバリューの見直しやメンター制度などがこれに当たる。
人員管理の効率化や評価など、仕組みの観点から生産性を向上させるための施策。人員配置や評価制度などの人事制度の設計がこれに当たる。
TeamSpirit・小倉:その中でも特に注目してほしいのが、④機能的な組織創造、すなわち人事制度などの制度設計です。実は私が入社する前まで、TeamSpiritには最低限の人事制度しかありませんでした。私が入社してから本格的な人事制度の策定をはじめ、現在も改善を続けています。
私が人事制度を策定する上で大切にしているのが、「人事制度とは願い」という考え方です。
自分たちがどんな会社になりたいか、どういう存在になりたいかという願いを込めたものが人事制度だと私は考えています。
そう考えるようになったきっかけは、とある歴史漫画のセリフに心を打たれたからです(笑)。
古代中国を題材とした漫画で、秦の始皇帝が中華統一をするというストーリーなのですが、物語の中で主人公が「中華統一のためには法が必要だ」ということに気がつきます。
しかし、主人公は法が何かわからないと悩み、法の番人に「法とは何か」と問うシーンがあるんですね。
その時の回答が「法とは願いだ」という言葉なんです。
人事制度を作る目的を、人を統制し管理するためと考えている人は多いと思います。しかし、会社がどういう存在でありたいか・メンバーにどうなってほしいかという思いを仕組みの形にして託しているという意味で、人事制度も願いだと思うんです。
願いを役割等級の軸にする
TeamSpirit・小倉:そこで、TeamSpiritでは「メンバーにこういう風になってもらいたい」という願いの軸に考えて、役割等級を使って個々の役割を明示し、それに紐づく形で縦の価値貢献要素を示しています。
TeamSpirit・小倉:なぜ、こういった役割等級を置いているかというと、メンバーに対してこれらの等級・各要素を成長のベンチマークとして欲しいからです。
資料にもある通り、TeamSpiritの評価制度にはメンバーに対して「自分たちのやりたいことを見つけて自走する力」「チームを巻き込む影響力」「個性を伸ばすオリジナリティ」を兼ね備えてほしい、という願いを込めています。
その願いの先には、メンバーたちが自らやりたいことを見つけたときに、それを達成するために必要な力を身に着けてほしいという思いが込められています。
これからの生産性は「カタ(型)からカタチ(形)へ」
TeamSpirit・小倉:今まで、生産性という言葉は「時間に対してどれだけ生産できたか」という比較的オペレーティブな言葉として使われてきました。
その視点は、作れば作るだけ物が売れる、会社がどんどん成長するような高成長期の時代では非常に重要なものだったと思います。
しかし「作れば作るだけ会社が成長する」という時代はもう終わっています。これからの時代は「何をしたら価値が生み出せるかを追求し、創造する」こと、いわゆるイノベーションが求められる時代です。
だからこそ、社員一人ひとりが創造性を発揮できる場を提供することが、会社の非連続的な成長に繋がると考えています。
カタ(型)からカタチ(形)へ、いわゆる誰でもできるような仕組みを作っていくのではではなく、一人ひとりの創造性を通わせたクリエーションを生み出す場を整えることが、これからの生産性の形だと考えています。
制度設計のつまずきは「把握」が足りていないこと
荏原 剛 氏
株式会社LOG11 代表取締役コンサルタント
ベンチャー企業インクス、SHIFTを経験ののち起業。SHIFTは創業メンバーとして参画、1500名規模に規模を拡大したのちマザーズ上場を果たす。2019年に「労働生産性の向上」をミッションに株式会社LOG11を設立。インクス、SHIFTで実践してきた人材育成ノウハウをブログで配信している。
LOG11・荏原:現在「働き方改革」を政府が旗振り役となって推進していますが、正直なところ上手くいっている会社をあまり見たことはありません。
なぜなら、政府は「残業時間の縮小」「雇用の多様化」といったゴールは提示していますが、そのゴールに向かうためのロードマップは示していません。「働き方を変えなければならない、一方で事業も成長させなければならない」という目の前の課題に対して、具体的な解決策は企業ごとで考えなければならないからです。
では、具体的に企業はどこでつまずいているのでしょうか?
実は多くの企業が「現実を把握すること」で躓いているのです。
LOG11・荏原:私は人材育成のプロフェショナルとして、マネージャー育成のために沢山のマネージャーにインタビューをしたり、ディスカッションをしてきました。
そんな中、今回の働き方改革について「残業時間を具体的にどうやって減らすんですか?」と聞くと、そもそも部下が何の業務をどのくらいやっているかを把握していないケースがほとんどだったんですね。
つまり、現状を把握していないのが一番最初のつまずき、表面的に来る課題なんです。
5つのフレームワークが組織を変える
LOG11・荏原:生産性を向上させるためのロードマップはとてもシンプルなフレームワークで表現することができます。ログを取って、時間を図って、記録をして、アドバイスをもらって、結果につなげるというものです。
アスリートの行動や、受験勉強、ダイエットなども全て同じフレームワークで語れます。もっと簡単に表現すると「ログを取って、可視化して、筋トレする」の繰り返しです。
実は皆さんは、このフレームワークを部活動や受験勉強などで経験したことがあると思います。子供の頃からやってきた当たり前の事であるにも関わらず、これをビジネスに置き換えると動きが止まってしまう企業が多いのです。
開始の壁を突破するだけで生産性は10%上がる
LOG11・荏原:なぜ動きが止まってしまうか。結果を出すためには、様々な壁が立ちはだかるからです。
LOG11・荏原:生産性を向上させるためには、開始の壁→決定の壁→継続の壁→活用の壁→評価の壁といった5つの壁があります。そのうちの計測するという第一の壁を超えられない企業が多いです。
結論を先にいうと、ログを取るだけで生産性は10%上がるんです。
まず、時間的な比率の高い業務がわかり、その上で生産業務(売上に直結している)非生産業務(売上に直結していない)を見分けます。スポーツやダイエットと同じで、現状を把握し問題点に意識を向けるだけで結果は改善されるのです。
LOG11・荏原:そして、ログを取らないことで一番見落とされてしまっているのが「工数のかけ過ぎ業務」です。
例えば、10分で終わる仕事を10分で終わらせる人は実はあまりいません。皆さん無意識的に納期を基準にして仕事をしています。
仮に、18時の納期であればそれに間に合うように仕事しますよね? その結果、18時に間に合うように10分以上かけて仕事をすることになってしまうのです。
では、10分以上かけて皆さんは何をしているのかというと、無意識的に品質を上げる作業をしているのです。
品質を上げるのは非常に大切なことですが、10分で終わる仕事は、10分で8割から9割の品質が担保されているわけですから、残りの1割を何度も何度も繰り返しあげようとしても、そこまで上げることは出来ません。
こういった無駄な時間を削減するために、工数のかけすぎ業務が何かを明らかにして別の仕事に当てるのが非常に大事なんです。
工数管理は監視されている?誰のための人事制度なのか
LOG11・荏原:ログを取ることに対して、社内で大きな反発が起こることがあります。その反発の理由の一つに「監視されている感じがする」というものがあります。
そんな中、私が実践をしている制度設計の考え方についてご紹介します。
悪者を探してはいけないのですが、メンバーの構成は2:6:2の法則に基づいていて、生産性が高い人もいれば、そうでなはい人、サボっている人もいます。またその中、会社から評価されている人とされていない人に分かれています。
その中で「監視されるとまずい」と感じるのは、生産性下位20%の手を抜いているメンバーと言えます。
LOG11・荏原:人事制度で公平性を保つために、誰をターゲットに制度を作るかというのは非常に重要ですよね。
生産性向上という観点から見ると、以前は頑張っていた人の20%、本来もっと評価されるべき人の40%にフォーカスすることで、公平的かつ一番会社全体の生産性が上がると考えます。6割の人がログを取って工数管理することで、今よりも評価される構図になるのです。
このように評価制度を作れば、生産性は必ず上がります。
LOG11・荏原:本日は沢山のお話しをさせて頂きましたが、各企業に戻って実践してほしいことはただひとつ。ログをとるという「開始の壁」を打ち破ってほしいということです。
この壁を恐れずに、把握を始めることで次のステップが見えてくると思います。
(HRog編集部)