株式会社ログシー
講師・キャリアコンサルタント
鈴木 さくら 氏
すずき・さくら/早稲田大学卒、法政大学大学院政策科学研究科修士課程修了。JALグループにて国際線旅客サービスに従事し、社内アワードを受賞。その後ホスピタリティの専門学校に転職、非常勤講師からエアライン科学科長まで昇進し、マネジメント業務や就職支援まで幅広く携わったのち、2019年から株式会社ログシー(ROGC Inc.)に参画。これまでキャリアコンサルタント、そして講師として、高校生から管理職まで2000名以上のキャリア支援に携わる。
学生から社会人への切り替えという大きなターニングポイントでカギを握る「新入社員研修」を効果的に行うために、最適な研修スタイルや研修プログラムは何なのか? 本特集では「新入社員研修」をテーマに、人材教育講師やキャリアコンサルタントを務める株式会社ログシーの鈴木さくら氏による、全3回シリーズのインタビューをお届けする。
21卒新入社員の特徴は「受け身姿勢が強いオンラインネイティブ」
鈴木氏によると、21年度入社予定の新入社員の特徴は「売り手市場を経験した、受け身姿勢が強い、オンラインネイティブ」であることだという。
「オンライン就活元年の幕開けとなった昨年、就活のみならず、大学の授業やキャリア相談もオンラインに切り替わりました。就活生は至る場面でオンライン化を経験し、その適応力を高めてきています。もうすでにリモートワークを取り入れている企業にとっては、もうすでにオンライン慣れしている社員が入社してくれるのはメリットと言えるでしょう」
しかし21年度入社予定の新入社員のもう一つの特徴として、「受け身姿勢」が挙げられるらしい。そのような特徴を持つことになった背景とは何なのだろうか。
「受け身姿勢な人が多い理由の一つに、企業・学生ともにいわゆるスカウトサービス(ダイレクトリクルーティングサービス)を活用することが増えたことが挙げられます。
弊社でも新卒採用に関する支援を行っていますが、就活生に個別オファーをしていくという採用手法でどのように学生を獲得していけばいいのか、多くのクライアントさまからご相談をいただくケースは年々増えています。 また同じく学生側も、ナビサイトを利用しつつ、スカウトサービスに登録し、企業からのオファーを待つ学生が毎年増加傾向にあります」
特にナビサイトでは埋もれてしまい応募が集まらないような中堅・ベンチャー企業を中心に、採用施策の軸足をスカウトサービスに置く企業が増えているようだ。
一方で学生にとっては、ナビサイトで探せないような中堅・ベンチャーでの優良企業から自分を発掘してもらえる良いチャンスにもなる。さらにナビサイトでも見かけるような大企業からオファーを受けることもある。自分では見つけられなかった企業や、それまで興味がなかった企業と接触するきっかけを生むツールとして活用されているようだ。
しかし、このスカウトサービスの普及の影響で、学生はどんどん「特別扱い慣れ」していると鈴木氏は続ける。
「各社から送られてくるオファーメールには、さまざまな文面が記載されています。学生が企業に興味を持ってもらってエントリーしてもらえるように、『あなたのためだけに送っている』という特別感を演出するオファーメール作成に力を入れている企業は多いのではないでしょうか」
①ガクチカ(学生時代最も力を入れたこと)や自己PRなどに対する個別フィードバック
②あなただけの特別選考ルートをご用意しましたなどの限定感
③福利厚生やキャリアパスなどの情報提示
またコロナ禍とはいえ、多くの21年卒学生は早期選考ルートで受験し、売り手市場を経験している。そのこともまた、彼らの受け身姿勢という特徴を強化しているという。
就職みらい研究所が行った「就職プロセス調査(2020年12月1日時点 内定状況)」によると、21年卒学生の平均内定取得企業数は2.25社という結果だった。20年卒学生の2.48社と比べると0.23ポイント下がっているものの、それでも平均2社以上は内定先を持っており、企業からの囲い込みやつなぎ止めを経験している人も多そうだ。
「ですが、大学で就活支援を行っている私の実感値では、一定レベル以上の大学の就活生においてはもっと内定先を持っている印象です。3~4社あたりでしょうか。内定先には有名企業、大手企業が含まれていることも多く、これを私たちは『内定のメダル化現象』と呼んでいます」
スカウトメールの普及と内定のメダル化現象を背景に、応募から内定後にいたるまで多くの企業から特別扱いを受けてきたからこそ、受け身姿勢が強めな傾向が目立つ学生も多いらしい。
外に正解を求め、決断を先延ばしにする「相談ジプシー」
21年卒学生の特徴である「受け身姿勢」を象徴するように、就活も落ち着きを見せる6月以降、大学のキャリア支援課に寄せられる相談内容に変化が現れているという。
「その相談とは、『就職先をどこに決めたらいいでしょうか』というものです。内定先を複数保持、内定メダルを持っているからこそ、内定をもらった企業の中から1社に絞って就職先を決めることができないという学生が一定数出てきます」
実際に大学のキャリア支援課では、全員のキャリアコンサルタントに相談をしてもまだ決められず、内定式後にもまだ決めかねてまた相談に来るという、いわゆる「相談ジプシー」が出現したらしい。
「ここで断っておきますと、自分の人生のことを自分で決められないことは何も悪いことではありませんし、問題でもありません。悩みの渦中にいるときは、自分で自分のことがわからなくなってしまうもの。自ら答えが出せないことは、よくあることです。だからこそ、こんがらがった自分自身を紐解き、自己理解を進めていくために、その伴走者として私たちキャリアコンサルタントがいます」
ここで問題にするべきは、外に正解を求めようとすること、そして様々なアドバイスをもらい、気持ちの整理をおこなっているにもかかわらず、自分で責任をもった決断を先延ばしにすることだと鈴木氏は語る。
「社会人になれば、仕事に絶対的な唯一の正解がないことがほとんど。正解は自分でつくるものであり、選んだ選択に対し、うまくいかなくても責任をもってベストを尽くし、正解にしていくプロセスが仕事です。決断を先延ばしにすれば、仕事が滞るだけではなく、関係者にもそれが波及し人間関係も危ぶまれ、負のサイクルに陥ってしまいます」
「自責サイクル」を回すことで、自立した社会人へ
受け身姿勢が強く、自己決定できないという特徴を持つ21年卒学生。すなわち、自立できていないまま入社する彼らに必要なのは、例年にも増して強力なマインドセットだ。
「学生から社会人になるということは、否が応でも主体的に行動し、自立をしなければいけないということです。もちろん周囲からもそれを期待されます。そのため21年度の新入社員研修では例年にも増して社会人として必要なマインドセットの定着に時間をかけ、主体性と自立を促していくことが求められます」
具体的に、どのようなことをインプットさせる必要があるのだろうか。
「『社会人の基本的なマインドセット』というと、多くの方が以下のようなことを思い浮かべると思います」
・成果を出す
・公私の区別をつける
・役割を全うして期待に応える
・与えられていた存在から与える存在になる
・改善意識、納期意識、コスト意識等々の基本意識を持つ
「もちろんどれも大切ですが、私がなかでも重視しているテーマのひとつが『自責サイクルを回す』こと。うまくいかなかったときに、環境や周囲のせいにせず、自らの責任において反省し検証し、改善できることに主体的に取り組む姿勢のことです。このマインドは新入社員研修というタイミングでマストで教えていきたい、必須の行動姿勢です」
新入社員研修でこの行動姿勢を知り、身に着ける研修こそが強力なマインドセットになり、自立を促せるという。
「うまくいくときにはたいてい様々な要因が絡み合って、要因を特定できず成功することが多いものです。一方、うまくいかないときは必ず原因があって、失敗という結果を招きます。
うまくいかなかったときこそ、成長の分岐点。叱られて、注意されて、同期と比較されて、凹んで引きずって、落ち込んで、開き直って環境や周囲のせいにするのは他責サイクル。自らの責任において、反省して検証分析して改善して主体的に行動に移して…とPDCAを回していければ自責サイクルです」
自分の成長を自分で放棄させないマインドを身に着けてもらうことが重要だ。
「これまで多くの新入社員や若手社員に接し、つぶさに観察してきた私が実感することは、社会人初期の段階でいかにこの自責サイクルを身に着けられるか、身に着けられないかで、その後の成長は大きく変わるということです。うまくいかないことだらけの1年目で自責サイクルを回せたら自立した社会人になり、新入社員本人が想像できないくらいの成長が待っています」