株式会社ログシー
講師/キャリアコンサルタント&広報責任者
鈴木さくら氏
すずき・さくら/早稲田大学卒、法政大学大学院政策科学研究科修士課程修了。JALグループにて国際線旅客サービスに従事し、社内アワードを受賞。その後ホスピタリティの専門学校に転職、非常勤講師からエアライン科学科長まで昇進し、マネジメント業務や就職支援まで幅広く携わったのち、2019年から㈱ログシー(ROGC Inc.)に参画。
これまでキャリアコンサルタントとして、そして講師として、高校生から管理職まで2000名以上のキャリア支援に携わる。とくに教育領域での学生に対するキャリアコンサルティングは好評で、毎年リピートをもらう大学での就活支援では予約が取りづらいキャリアコンサルタントのひとり。就活生からの相談や新入社員研修の講師経験から、今の彼らの実態とホンネに精通している。
学生から社会人への切り替えという大きなターニングポイントでカギを握る「新入社員研修」を効果的に行うために、最適な研修スタイルや研修プログラムは何なのか? 本特集では「新入社員研修」をテーマに、人材教育講師やキャリアコンサルタントを務める株式会社ログシーの鈴木さくら氏による、全3回シリーズのインタビューをお届けする。
「自責サイクルを回す」と「自責の念に駆られる」の違い
前回の記事では、新入社員研修のタイミングで新卒社員に身に着けてほしい行動姿勢「自責サイクルを回す」について紹介した。
「『自責サイクルを回す』とは、上手くいかなかったときに、環境や周囲のせいにせず、自らの責任において反省・検証し、改善できるポイントを見定め主体的に取り組むことを言います。しかし、この『自責サイクルを回す』ということと混同してしまいがちな概念として、『自責の念に駆られる』というものがあります。ここはぜひ混同しない・させないように注意したいところです」
ここでいう「自責の念に駆られる」とは、「自らの責任において反省し検証し、改善できることに主体的に取り組む」という健全なPDCAを回すのではなく、「自分のせいでこんなことになってしまってどうしよう」「自分の失敗によってこんなにも迷惑をかけてしまった」などといった気持ちにとらわれ、不健全な自己批判や自己否定をし続けてしまうことを指す。
「私たちは自責の念に駆られるとき、自分自身に対する信頼感が大きく下がります。そのため改善に向かって主体的に取り組めなくなったり、他者に頼ることを避けるようになったりしてしまいがちです」
新入社員には一人で物事を抱え込まず、周囲に頼りながら業務を進めていってほしいものだ。しかし「自責の念に駆られる」状態に陥ってしまうとそれができず、仕事に大きな支障をきたすこととなる。
「自責の念に駆られる考え方は、必要以上に『なぜ?』という原因追求の視点から生まれます。たしかに、同じ失敗を繰り返さないためにも、きちんと過去を振り返り、原因を明らかにすることは重要です。
ですが、それが度を過ぎてしまい『なぜ自分は○○ができなかったんだろう』『なぜこんなことをしてしまったんだろう』という過去の原因追求ばかりをやりすぎてしまうと、無意識に自己否定に苛まれるスパイラルへと陥りやすくなってしまいます」
目的は原因追求ではなく、あくまでも未来へ向けた改善だということを念頭に入れながら日々の指導を行っていく必要がありそうだ。
「自責サイクルを回す」ときに助けになる「レジリエンス」
では、新入社員が自責の念に駆られる状態を避けるために、どんなことに気をつければよいのだろうか。
「未来への改善に向けて自責サイクルを回す際に、助けになってくれる力があります。それが『レジリエンス』です」
失敗や環境変化などによって強いストレスを受けて落ちこみ、傷ついても、そこから早く回復し、むしろその前よりもストレスに強くなったり、逆境に適応したりする「折れない心」の力のこと。「回復力」「復元力」「立ち直り力」とも呼ばれる。
「レジリエンスは私たちみんなが持っている力と言われており、無意識でこの力を使っている人もたくさんいます。レジリエンスは8つの要素から構成されていますが、そのうち先天的な要素は『生物学的要素(遺伝子)』と『ポジティブな社会制度(家族、コミュニティ、組織など)』の2つだけです。それ以外の6つについては、後天的に身に着けることができると言われています」
鈴木氏によると、以下が後天的に身に着けられる6つの要素だという。
現時点での自分自身の置かれている状況や感情、思考はもちろん、自分の強みや弱み、大切にしている価値観や人生の目標を正しく認識すること。
その時々の状況に応じて自分の感情や思考、行動を律すること、適切に制御すること。瞬間的に周囲に反応するのではなく、今の自分は何をすべきかを考え、適切な言動をとって対処・対応すること。
物事を多面的に捉え、大局的見地から対処すること。渦中にいるときはどうしても近視眼的になりがちだが、一歩二歩引いて俯瞰的に見て、対応すること。
未来はより良いものになる、良くすることが自分にはできるという確信を持つこと。「どうにかなるさ」ではなく、自分ができることをするという意思。ここが自責や他責の分かれ目。
過去の成功体験を思い出したり、問題を解決したり、外部の世界を自分でコントロールしたりできる、つまり「やればできる」という自信のこと。
人間関係における「他者とのつながり」を信じるだけでなく、社会のため、世界のため、その他何か大きなものに見守られているなど、「大きな存在とのつながり」を感じ、信じられること。
「実際の研修プログラムでは、ケーススタディを用いながら、6つの要素がどんなふうに発揮されるのか、グループワークに取り組んでもらいます。また、受講生自身を振り返ってもらいながら実際に『うまくいかなかった出来事』をピックアップし、その出来事についてレジリエンスを発揮したならばどのような対応ができるのか各自考え、自分事化してもらいます」
どんなに優秀な新入社員でも、最初からうまくいく仕事は全体の2割程度。うまくいかないことだらけのなかでも自責サイクルを回すためには、いかにレジリエンスを発揮できるかが重要と言えるだろう。
「自責サイクルを回す」「レジリエンス」は社会人必須のマインドセット
本特集では、21年度の新入社員の特徴を説明しながら、「自責サイクルを回す」「レジリエンス」など新入社員研修で取り入れてほしいテーマを鈴木氏から紹介してもらった。実は2021年の4月、鈴木氏が勤める株式会社ログシーでも「自責サイクルを回す」「レジリエンス」を研修テーマに組み込んだ新入社員研修を行ったという。
「前倒しで内定先のインターンシップに参加し、すでに業務体験をしていた受講者の社員からも『どこかで学生気分が抜けなかったのですが、研修を通して社会人とは何かを学び、学生とは大きく違うことを納得できました。ビジネスマナーをしなければいけないではなく、成果を出せるビジネスパーソンになりたいからビジネスマナーをしっかりしたいと思えるようになりました』という声が挙がりました」
ビジネスマナーやスキルは後からでも十分に身に着けることは可能だが、「なぜそのビジネスマナーやスキルが必要なのか」を理解してもらい、自発的にビジネスマナーができるようになるには、マインドセットが欠かせない。
「新入社員を対象としたフォローアップ研修を今後実施する企業様は多いことでしょう。フォローアップ研修でこれまでを振り返りながら、よりパフォーマンスを上げるためにも、ぜひ『自責サイクルを回すこと』『レジリエンス』をプログラムに組み込んでいただきたいと思います」
『自責サイクルを回すこと』『レジリエンス』は新入社員研修だけではなく、2年目、3年目のフォローアップ研修でも重要なものとなる。今後社員研修を設計するうえで参考にしてみてはいかがだろうか。