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採用が変われば企業が、そして日本が変わる。──広がり始めた”タレントアクイジション”の力

株式会社TalentX
代表取締役社長CEO
鈴木 貴史 氏
すずき・たかふみ/起業家。1988年、和歌山県生まれ。2018年、株式会社TalentXを創業。リファラル採用サービス「MyRefer」、採用MAサービス「MyTalent」、採用ブランディングサービス「MyBrand」等、国内大手企業を中心に1000社が利用する採用DXプラットフォームを運営。東洋経済「すごいベンチャー100」、経済産業省後援「第9回HRテクノロジー大賞」採用サービス部門優秀賞など受賞。2025年、東証グロース市場へ上場。著書:『人材獲得競争時代の戦わない採用「リファラル採用」のすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)

2025年に上場を果たし、7月には「Talent Acquisition Conference 2025」を開催するなど、日本における人材獲得の概念を変革しようと取り組む株式会社TalentX(以下、TalentX)。同社の代表取締役社長である鈴木氏に、創業からの歩みとタレントアクイジションの重要性、そして人材業界の展望について話を伺った。

タレントアクイジションとは

企業成長を目的に、マーケティング思考を取り入れながら中長期的に転職潜在層へ戦略的にアプローチする、新たな人材獲得の概念のこと。

採用を“マーケティング”から“経営戦略”へ。TalentXが描くタレントアクイジションの本質

HR市場に風穴を開け、新しい概念を創る挑戦。リファラル採用で広げた新しい採用文化

2018年、TalentX(旧:MyRefer)を創業し、一貫して「HR市場に風穴を開け、新しい概念を創る」という理念を掲げてきた同社は、従来の人材紹介会社や外部のエージェントに頼った採用活動ではなく、社員がリクルーターになって仲間集めをする「リファラル採用」を広めることを軸に事業を拡大していった。

鈴木氏「そして2022年頃には、リファラル採用の考え方が浸透してきた実感が生まれました。しかし、そこで気づいたのは、リファラルはあくまでも採用チャネルの一つにすぎず、採用の概念そのものをアップデートしなければ、日本企業の人材獲得力は上がらないということでした」

そこで同社は、チャネルとしてのリファラル採用も包括した上位概念として「タレントアクイジション」を打ち出す。そして社名も変更し、「採用そのものをマーケティングへと転換する」というメッセージとともに、採用の概念自体のアップデートを呼びかけ始めた。

2023年の社名変更を経て、ついに2025年3月18日、TalentXは上場を果たす。社名変更や上場という大きな決断について、鈴木氏は次のように語る。

鈴木氏「『タレントアクイジション』という考え方を広めていくうえでは、プロダクト開発やマーケティングのみでなく、その概念を広める私たち自身が、社会から信頼されるパブリックな存在であることが重要だと考えています。今、人材獲得市場はかつてない転換期にあり、アルムナイや採用ブランディングといった新しい概念が次々生まれるとともに、AIを活用してタレント獲得を支援するスタートアップも登場しています。このようなタイミングだからこそ、採用マーケティングのリーディングカンパニーとして上場することが、新たな市場創出と他社との差別化の両面で重要だと考えました」

リファラル採用、そして採用マーケティング、タレントアクイジションへ進化

そして同社は2025年7月に「Talent Acquisition Conference 2025」を開催した。ではなぜ、社名変更時のメッセージでもある「採用マーケティング」ではなく、「タレントアクイジション」をメインテーマとしたのか。鈴木氏は両概念の違いについて次のように解説する。

鈴木氏「グローバルでは『タレントアクイジション』は採用マーケティングとリクルーティング、両者を包括する、より上位の本質的な概念と考えられています。

採用ファネルにおいて、『採用マーケティング』はマーケティング戦略を駆使して採用候補者に対する自社の認知獲得や興味喚起、応募、意向醸成、応募獲得に至るまでの実践的アクションであり、『リクルーティング』は、従来の短期的な欠員募集に対しての採用活動と考えられています。

つまり採用マーケティングは、タレントアクイジションの実践的な基盤となる手法や仕組みだと言えるのです」

採用の本質をより包括的に表現する概念である「タレントアクイジション」を広めたいーー。本イベントはそんな想いで開催されたという。鈴木氏がこのイベントを通じて伝えたかったのは、「採用活動こそが、経営に直結する成長戦略である」ということだった。

鈴木氏「『採用』とは、単に人手を集めたり、補充したりする活動ではなく、事業経営を成長させるコア戦略。特に労働人口が減少している日本において、社会が生産性を維持するには、最適配置や事業成長に直結するタレントを各企業がどう獲得していくかが重要です。それを実現するためには、採用活動を人事だけが担うのではなく、経営戦略として捉えて全社的に行っていく必要があります。欧米ではこのような『タレントアクイジション』が一般的であり、日本でもその概念をより多くの人たちに知ってほしいと考え、イベント開催に至りました」

スタートアップ・中小企業においても重要な「タレントアクイジション」の視点

現在、同社のサービス利用企業の65%は従業員数1,000名以上の企業を占める。しかし「事業規模に関わらずタレントアクイジションが必要だ」と鈴木氏は語る。

鈴木氏「たとえばグローバルでは、創業期の4人程度の会社にもタレントアクイジションの担当者がいるケースがあります。事業を広げる上でどのような人材を取ればいいのか、勘ではなく戦略的に将来像から逆算して人材を集めるには、プロのスキルが不可欠。こうした考え方が世界のスタンダードになりつつあるのです」

事業を、ひいては会社自体をグロースさせていくためには優秀な人材の獲得が必要であるが、それは大企業に限った話ではない。むしろ、従業員数が少ないスタートアップや中小では一人を採用することのインパクトが大きいため、より「タレントアクイジション」が重要となってくるのだ。とはいえ、日本の中小企業がタレントアクイジションに取り組む余裕があるかといえば現実的には難しいだろう。その課題に対して同社は、AIを活用した業務の自動化や、採用戦略の策定から実行の伴走支援などのソリューションを提供している。

鈴木氏「『Myシリーズ』は、人事の負担になりがちなリファラル採用やナーチャリング活動の業務をAIやオートメーション化で、最低限の工数で運用できるシステムを提供しています。また、採用の戦略から実行の伴走支援までを行う『RXO(※)』サービスも提供しており、伴走しながらタレントアクイジションを実行する組織を立ち上げることも可能です」

※RXO(Recruitment Transformation Outsourcing):企業が目指す採用計画の達成に向け、部分的な採用オペレーションの代行(RPO)にとどまらず人事採用部門のパートナーとして戦略、戦術の変革(X)を実現するサービス。

日本企業でタレントアクイジションを実現するために最も必要なことは何だろうか。鈴木氏は3つのポイントを挙げている。

1.経営直下にHRを位置づける

鈴木氏「まず組織図の位置づけです。人事部の集団形成や管理部の一部としてではなく、経営直下にHRを位置づけて、議論できる体制を築くことが理想です」

2.事業戦略と人材戦略を連動させる

鈴木氏「自社事業の成長をタレント(人材)とセットで考えることが大切です。2年後、3年後の事業成長を考えたときに、どんなタイミングでどのポストが空くのか、どんな人がいればこの事業を始められるかなど、事業と人をセットで考えて戦略を立てましょう」

3.従業員一人ひとりに当事者意識を持たせる

鈴木氏「現場の社員自身や管理職の採用に対する当事者意識が必要です。リファラル採用は、まさに全員が仲間集めの意識を持つ代表例。そしてこの意識の差がグローバル企業と日本企業の大きな違いです。たとえばマイクロソフトでは、人事担当でなくてもHRに詳しい人がいますが、日本ではそこが分断されがち。規模が大きくない中小企業こそ、全社一丸となった採用活動が企業の生命線になります」

スタートアップ・中小企業においても重要な「タレントアクイジション」の視点

これからの人材業界の在り方について鈴木氏は「AIの活用と共にAIに代替されない人間の価値をどう生み出し続けるかが重要だ」と話す。

鈴木氏「AIは膨大なデータからスキルや経験が合致する候補者を瞬時に見つけ出すことが得意です。しかし、企業の文化や事業のフェーズ、チームの雰囲気といった定性的な情報と、候補者の価値観やポテンシャルを深く理解し、最適なマッチングを実現する仕事は人間にしかできません。単なる仲介者ではなく、企業の成長戦略を理解した上で採用コンサルティングまで行う。そうした専門性や独自性を持つ人材紹介会社が生き残っていくでしょう」

一方で「日本の人材紹介市場には構造的な課題が残っている」と鈴木氏は指摘する。日本の人材紹介フィーの水準は、年収の35〜40%と、グローバルと比較してかなり高い。アメリカでは大体20%程度、候補者を見つけるのが難しいエグゼクティブクラスでも35%程度が一般的と考えると、かなり高コストと言える。この構造は企業が採用に踏み切る際の心理的ハードルを上げている側面は否めない。

しかし「これは人材紹介会社だけの問題ではなく、採用する企業側の問題でもある」と続ける。

鈴木氏「事業会社側が、自社で候補者を探し、惹きつけ、応募獲得するという本来の採用より、外部に丸投げした方が楽だと考えているケースが非常に多い。それは採用をコストとしてしか捉えていない証拠です。本来、採用は未来への投資のはず。しかし採用担当者に事業視点が欠けていると、本当に必要な人材を見極める力も、魅力的な採用ブランドを構築する力も育たないのです」

こうした状況を打破するためには、採用を経営マターとして捉え、マーケティングの視点から改善する必要がある。

鈴木氏「たとえば、ある日本のIT企業では採用人数全体におけるリファラル採用比率を35%に引き上げるといった具体的なKPIを設定し、短期的な母集団経営に加え、中長期のエンゲージメント向上も目的にしています。採用人数をKPIに置いてしまうと中長期的な成長ではなく短期的な採用成功にどうしても目が行ってしまうので、こうしたKPIを設定することはとても効果的です。

そして、KPI達成のためには、従業員全員が当事者意識を持つことが必要不可欠です。実際に導入企業様では、従業員が自社の魅力をブログやSNSで発信するほか、全社員に発信スキルを身につけさせるトレーニングプログラムを導入。さらにはリファラル採用のインセンティブ制度を見直すなど、採用コストの最適化だけでなく、社員のエンゲージメント向上や採用の質の向上にもつながる活動に取り組んでいます」

こうした取り組みに力を入れる企業が増えれば、多くの人材系会社も従来のビジネスモデルからの転換を迫られることになるだろう。これからは単に候補者を紹介するだけでなく、企業成長を支援するパートナーとしての役割が求められるはずだ。

最後に鈴木氏は人材業界の若手人材に向けてメッセージを送った。

鈴木氏「人材業界は『仲介』から『成長パートナー』へと役割が変わっています。企業の文化、戦略、未来を理解したうえで、どうタレントを獲得するか。最終的には、事業成長にコミットできるプロフェッショナルだけが選ばれる時代になります。

だからこそ、当社も含め、HR業界に身を置くすべての人が、一社一社の事業に踏み込み、本質的な採用支援を実現できる存在であるべきだと考えています。その積み重ねが、企業を強くし、日本を強くする。その未来を、私たち自身の手でつくっていきましょう」

まとめ

タレントアクイジションはまだ日本では聞きなれない言葉であり、浸透しづらいのではないかという声もイベントのスペシャルセッション内で上がっていた。これに対し鈴木氏は、「当初は確かにそう感じていました。特に大企業では、担当者の世代や体制によって温度差があり、“啓蒙してもなかなか響かないのではないか”と思っていたんです」と率直に振り返る。

鈴木氏「けれど実際にカンファレンスを開いてみると、『学びが多かった』『共感した』という声を本当に多くいただきました。以前は“リテラシーが高そう”と思われがちだったタレントアクイジションという概念が、今は企業の現場でも受け入れられつつある。

特にミレニアル世代やZ世代がマネジメント層に上がり、“これまでの採用慣習をアップデートしなければ”という意識を持つ企業が増え、そうした変化が追い風になってきているのを感じます」

鈴木氏は、セールスパーソンが必ずしも「タレントアクイジション」という言葉を使わなくてもよいとした上で、「その考え方を持ってお客様に向き合うことが大切だ。人事の方に伝わり、それが経営層へ届けば、少しずつ社内にも浸透していく。その動きを支えるのが人材業界の役割だと思う」と話した。

セールスパーソンが現場で人事に寄り添い、タレントアクイジションの思想を伝えていくことで、企業の採用や組織が変わり、やがてその変化が日本全体の成長につながっていく。タレントアクイジションはそうした力を持つ新しい概念として、今後更なる注目を集めていくだろう。