対策しているのに止まらない「サイレント退職」、その原因と予防法とは?

株式会社Smart相談室
ビジネス統括責任者
伊禮 武彦 氏
いれい・たけひこ/愛知の製造メーカーに従事した後、愛知のスタートアップ株式会社N2iへ入社。採用管理ツール事業の立ち上げ/東京支社の立ち上げを担当した後、2019年株式会社ROXXへ入社。リファレンスチェックツールback checkの立ち上げを担当した後、インサイドセールス責任者として導入社数の底上げを担う。 中小企業、ベンチャー共に変わらず存在する離職の課題に対し「相談できる環境を増やし健やかな状態を保ち続ける」Smart相談室のプロダクトに共感し、2021年10月参画。

「サイレント退職」とは、 本記事では事前の予兆や相談がないままに突然起こってしまう退職のことを指す。本人が退職を口にした時にはもうすでに転職先が決まっていたり、メンタル不調に陥っていたりなど、もはや後戻りできない状態になっていることが増えているという。今回はサイレント退職の発生メカニズムや職場の対応方法について、働く人のさまざまな悩みに寄り添うオンライン相談窓口「Smart相談室」のビジネス統括責任者を務める伊禮氏に伺う。

サイレント退職の原因は「悩みを職場に相談できない」から

2013年に労働政策研究・研修機構が行った「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査」によると、過去3年間で休職者が1人以上いた会社の割合は52.0%だという。約半数の企業が従業員の休職を経験しており、サイレント退職はどの企業でも起こる可能性があることを示している。

また2023年度に厚生労働省が発表した「労働安全衛生調査」では「仕事や職業生活に関する強いストレスがある」と回答した人が82.2%となっており、この数値は年々増加傾向となっている。強いストレスを抱えている、すなわち「サイレント退職」予備軍になりうる人が増えている今、社員のメンタルヘルスケアは人事にとっても喫緊の課題と言えるだろう。

伊禮氏は、近年サイレント退職が増えている背景として「強いストレスを抱えながら、その悩みを周りに相談せず、抱え込んでしまう人が増えている」ことを挙げている。特に増えているのが、若手人材と管理職層のサイレント退職だ。

「本来、20代の若手人材は周りにたくさん質問・相談をしながら仕事を学んでいく時期です。しかし『質問するのが申し訳ない』という自責の感情や『評価を下げられてしまうかもしれない』という恐れから、分からないことや不安を抱え込み、その結果ストレス増による退職やメンタル不調に陥ってしまうパターンが見られます。

また30代後半〜50代の管理職層では、『高難度の業務』と『ライフイベント』の重なりがきっかけでサイレント退職に踏み切ってしまうパターンがあります。これらの年代は育児や介護など、家庭でも負担やストレスが増えるタイミングです。しかし責任感が強く、仕事で成果をあげてきた人ほど『家庭と仕事は別、これまで通りのパフォーマンスを発揮しなければ』と頑張りすぎてしまいます。そして周りに相談できないまま、キャパオーバーになってしまうのです」

「ストレスチェック」「職場改善」だけでは不十分? サイレント退職の発生メカニズムとは

2000〜2010年代にかけてメンタルヘルスの不調を抱える労働者が増えたことを契機に、2015年に労働安全衛生法が改正され、50人以上の従業員を持つ事業所で従業員のストレスチェックが義務付けられた。このような働きかけもあり、従業員へのメンタルヘルス対策に力を入れる企業も増えている。

しかし「ストレスチェックをきちんと運用し、組織改善を精力的に行っているにもかかわらず、従業員のサイレント退職が止まらないケースが少なくない」と伊禮氏は語る。

「もちろん、ストレスチェックのデータを元にした組織改善はより良い職場づくりのために非常に重要です。業務量を見直したり、上長と部下の関係を改善したりすることで、メンタルヘルスが好転する従業員もいるでしょう。

しかし、これらはあくまでも事業所・部署といった『組織』単位での改善です。これらの改善だけでは、先ほどお話しした『周りに申し訳なくて質問できない』『病気の親を介護することになった』といった従業員の『個人』の事情は汲み取れません。そしてサイレント退職を水際で食い止めるには、こうした個人一人ひとりに対するフォローが必須なのです」

米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が作成した「NIOSH職業性ストレスモデル」では、従業員のストレス反応は職場のストレス要因だけではなく

  • 仕事外の要因(家事・育児・介護などの要求)
  • 個人要因(本人の特性や自己評価)
  • 緩衝要因(上司や同僚、家族による支援)

などの要因にも左右されることを示している。

しかし、組織単位の改善だけでは職場のストレス要因にしかアプローチできない。サイレント退職を防ぐには、全体を見渡す「鳥の目」と細かな箇所まで見つめる「虫の目」で、職場のストレス要因と緩衝要因のどちらも改善していく必要があるのだ。

出典元:Smart相談室

ここでいう緩衝要因は「会社の人との飲み会で愚痴を言い合える」「家庭の悩みをこっそり相談できる」など、本人が抱えるストレスをやわらげるような周囲のサポート(ソーシャル・サポート)をイメージすると分かりやすい。

しかし「会社の愚痴を話しましょう」「プライベートを積極的に打ち明けてください」と企業側から働きかけるのはなかなか難しいもの。そのことを前提に、会社としてどんな支援ができるかを虫の目で考える必要があるだろう。

「離職率の改善が進んでいる企業とそうでないところを比較すると、後者は『ストレスチェックをやった』『ツールやフレームワークを導入した』という段階で安心してしまい、従業員1人ひとりの個性や事情になかなか対応できていません。一方で前者は従業員1人ひとりの声に耳を傾けて、きちんと打ち手を打っていますね」

やるべきことが多いメンタルヘルスケア対策、うまく外部サービスを活用しよう

厚生労働省が定義している労働者の心の健康保持促進のための指針」では、下記の4つのケアに取り組むことが重要だとしている。

  • セルフケア(セルフケア研修やセルフケアの情報提供)
  • ラインによるケア(職場環境等の把握と改善、労働者からの相談対応)
  • 事業場内産業保健スタッフ等によるケア(産業医や保健師との連携)
  • 事業場外資源によるケア(外部の専門家の相談サービス)

伊禮氏は「すべての取り組みを行い、施策をアップデートし続けるのが理想」と前置きした上で、メンタルヘルスケア対策に取り組み始める企業がまず始めるべきは「ラインによるケア以外」の施策だと語る。

「ラインによるケアはいわば『鳥の目』視点のケアであり、もちろん取り組む必要があるものの、現場に落とし込まれるまで多くの時間と調整コストがかかります。ストレスチェックサービスやタレントマネジメントツールなどのデータをもとに制度変更や人員配置変更などを検討するにも大きな意思決定が必要になったり、上司が部下の相談に乗る体制を作ろうにも従業員視点では上司に相談する心理的ハードルが高かったりしますよね。

そのため、まずは『虫の目』視点のケア、すなわちセルフケア研修を実施するのがおすすめです。メンタルヘルスに関してのリテラシーを上げる、産業保健スタッフや外部メンターなど相談できる人を増やすなど、取り組むハードルが低い施策から進めるのが良いでしょう」

Smart相談室は上記の4つのケアの区分のうち「事業場外資源によるケア」に当てはまるサービスだ。キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、プロコーチ、公認心理師など有資格のカウンセラーが多数在籍しており、従業員はさまざまな相談員の中から自分の悩みに合う人に相談ができる。

「事業場外資源のケアとして社外相談窓口を活用するメリットは、利害関係のない第三者と話せる点にあります。上司や会社になかなか打ち明けにくいキャリアの悩みや、仕事に関係ないプライベートの悩みも気軽に相談できる、心理的安全性が高い相談窓口と言えるでしょう」

実際に、Smart相談室の導入前後でeNPS(Employee Net Promoter Score:職場の推奨度を数値化したもの)が20~30ほど上昇した事例もあるという。メンタルヘルスの不調が現れる前にケアができる同サービスの存在は、従業員が働く上での安心感や心の支えになっているのだろう。

「個人の嗜好やライフスタイルが多様化する今、ストレスを感じるケースも千差万別です。『これさえやっておけば大丈夫』という施策はもはやありません。『できることは全てやる』というマインドを前提に、私たちのような外部サービスも上手に活用しながら従業員さまに必要なケアを実践していただければと思います。

企業の人事担当者はとても従業員さま想いの方が多いと感じています。しかしメンタルヘルス対策については、『人事として絶対にやった方が良いと思っているが、経営陣がなかなかイエスと言ってくれない』という話も伺います。

今は人的資本と企業競争力に関する調査に各省庁が力を入れており、人材に投資しないと企業が立ち行かなくなることを示す公的データは増えています。経営陣を説得するためのデータは揃ってきているので、ぜひ現場の社員のためにも前向きに提案してみていただきたいです。もしも『経営層の方にSmart相談室の導入メリットを説明してほしい』というご要望があれば、お声がけいただけると嬉しいですね」

(鈴木智華)