
ルーセントドアーズ株式会社
代表取締役
黒田 真行 氏
くろだ・まさゆき/1988年株式会社リクルート入社。2006年から8年間、転職サイト「リクナビNEXT」編集長、株式会社リクルートキャリア HRプラットフォーム事業部部長、株式会社リクルートドクターズキャリア取締役などを歴任。2014年ルーセントドアーズ株式会社を設立し、35歳以上専門の転職支援サービスを運営。また、HR業界のベンチャーから大手まで、30社を超える「求人サイト」「転職エージェント」の成長戦略コンサルティングを展開する。
労働力不足が深刻化するなか、人材業界は前例のない転換点を迎えつつある。採用市場の構造変化は単なる「採用難」や「人手不足倒産」にとどまらず、産業そのものの消滅や人材サービス会社の淘汰へと連鎖しかねない状況だ。
「そうした厳しい未来を直視し、いまから備えることができるかどうかが、生き残りの分岐点になる」と、ルーセントドアーズ株式会社代表取締役の黒田真行氏は語る。
業界の内側を知り尽くした同氏に、人材業界が直視すべきシビアな現実について話を聞いた。
これまでとはレベルの違う「超・人手不足時代」の到来

1999年、改正職業安定法の施行を契機に人材紹介会社が急増し、そこから現在に至るまで人材紹介ビジネスは拡大を続けている。しかし、それは人材市場全体のパイそのものの広がり以上に、人材紹介市場が求人広告市場を削り取ることでシェアを伸ばしてきた結果でもあった。
黒田氏「求人広告から人材紹介へ市場が流れていったことは、顧客が採用サービスに求めるものが、掲載課金型から成功報酬型に移行していったことの証でもあります。Indeedのようなクリック課金型広告の台頭も、成功報酬型を求めるニーズを反映しています。サービスの形態やアルバイト・パート・正社員などの雇用形態にかかわらず、マーケットが望む成功報酬型のビジネスモデルに、業界全体が移行している状況です」
これはサービス提供者側から見れば、キャッシュポイントが後ろ倒しになり、収益化にかかる時間が増えることを意味する。さらに深刻なのが、キャッシュが生まれる起点、すなわち「採用成功の確率」そのものが労働人口の爆縮によって下がりはじめていることだ。
黒田氏が提示する採用市場の未来シナリオでは「採用できるごく少数の会社と、まったく採用できない大量の会社に分かれていく」という。
黒田氏「人手不足になることは周知の事実ですが、『どの企業も等しくじわじわと人がいなくなる』『少し採用が難しくなる』というレベルをイメージしている人が多いのが現状です。しかし、現実はそんなものでは済みそうもありません。多少、給与水準を上げるくらいでは人は集まらないし、人材サービスを利用してもそもそも求職者と出会えない。ほとんどの企業で、採用が不可能になる状況がやってくる。そのくらいの激しさで、労働人口の縮小は進んでいきます」
そしてこの超・採用難の影響は企業単位にとどまらず、いずれは「産業の消滅」や「地方の衰退」という形で現れると言う。
たとえば薄利多売の業種など、ビジネスの構造上「仕事の負荷に見合う十分な賃金を支払えていない」産業は多数存在しています。それらの会社は、企業努力だけで賃金を引き上げるのも難しい。かといって、給与原資を生み出す価格転嫁が簡単にできるわけではない。その結果、「産業ごとシャッターが閉まって消滅していくような事態が多発する」というのが黒田氏の見立てだ。
黒田氏「もうすでに地方では、地震で壊れた橋が通行禁止になったまま放置されているとか、道路に老朽化で穴が空いていても補修できずに封鎖されるといったことが起こりはじめています。それと同じように、産業にも空白地帯が拡大していく。生活に必要なインフラであっても、人がいなければ維持できないという事態は、2040年に向けて深刻化する一方だと思われます」
成功報酬モデルの伸長×未曾有の人口減で人材サービスは「食えないビジネス」になる
そしてこの二極化は人材ビジネスにとっても深刻だ。採用できる人気企業はそもそも外部の支援をさほど必要としない。一方、採用が困難な不人気企業を成功報酬型のビジネスで支援しても、採用が決まらなければ収益にならない。
掲載課金モデルの時代では、採用予算を豊富に持つ不人気企業は、いわば「おいしい顧客」だった。しかし成功報酬モデルと人口爆縮が同時に進む時代には、その常識が逆回転し始めるのだ。
黒田氏「いくら採用予算を持っていても、採用できない不人気企業を相手にしていたら、候補者は寄り付かないし、成功報酬型だからそもそも売上にならない。そうなったら自然と、人材サービス会社も顧客を選ぶようになります。従来は得意先だった企業を、むしろ意図的に避けるような状況がやってきます」
そして、今後は人手不足倒産が増え、サービス対象となる企業の母数そのものが減る。そこから顧客を選別するとなると、顧客企業の数はさらに減り、人材採用支援サービスの市場規模が縮小していく。これが黒田氏の言う「人材業界が食えなくなる」未来であり、業界全体を揺るがすパラダイムシフトなのだ。
黒田氏「これからは、こうした未来に目を背けず価値提供できる会社が生き残るでしょう。大手人材サービス企業でも、このパラダイムシフトに対応できなければ淘汰されることになります」
提供価値を見直せない人材サービスは淘汰される

既存の人材サービス会社はこのパラダイムシフトを乗り越えられるのだろうか?黒田氏は「人材サービス会社よりむしろ、既存の仕組みに縛られない異業種のほうが、新しい人材サービスを生み出す可能性が高い」と語る。
実際、こうした変化を象徴するサービスはすでに登場している。タイミーはまさに、非人材業界出身のプレイヤーが手がけた人材サービスの一つと言えるだろう。そもそもスキマ時間のマッチングサービス自体は、既存の人材サービス企業が30年近く前から取り組んできた領域だった。人材業界発のスキママッチングサービスとタイミーとでは、何が違ったのだろうか。
黒田氏「最大の違いは日払いだということです。人材業界が考えるスキママッチングは『スキマ時間に働きたい人が働けること』を価値だと考えていました。だから給与の支払いタイミングを重視せず、従来通り月末支払いで運営する形態も多かった。一方、タイミーが捕えたのは『スキマ時間で働きたい』ではなく、『今日お金がほしい』という”金融”ニーズだったんです」
「今日お金がほしい人が、自分の労働力を担保にしてお金を引き出せるサービス」という点で、タイミーはHRではなく、金融業のビジネスモデルに近い。人材業界からタイミーのようなサービスが生まれなかったのは、既存の延長線上でスキママッチングビジネスを構築しようとして、ユーザーの真のニーズを捉えきれなかったことにあるのではないか、と黒田氏は語る。
では、人材サービス会社はいま、どこへ活路を見いだそうとしているのか。既存事業の先行きが不透明になるなか、多くの企業が新たな事業の柱として注力しているのが、採用業務の最適化を行うRPOサービスだ。
一般的には「Recruitment Process Outsourcing/業務プロセス代行」の略とされるRPOだが、黒田氏は本来「Recruitment Process optimization/業務プロセスの最適化」であるべきだと考えている。その目には、RPOサービスの実態も厳しく映る。
黒田氏「今あるRPOサービスの多くが、ただのスカウト業務代行や応募者受付の代行になっており、本来提供すべき採用業務の最適化にまで辿り着いていません。代行業務を提供しているだけで差別化ができない状況が続くと、あっという間にレッドオーシャン化して価格競争に陥ります」
本来、RPOが目指すべきなのは、業務代行や採用コストの最適化ではない。採用した人材が入社後にどれだけ戦力化できたかという成果にまでコミットすることだ。
黒田氏「しかし、多くの企業が新たな付加価値を提案できず、単に採用コストのところで勝負している。それでは『うちのほうが安いので使ってください』という戦術に進むしかありません。RPOサービスの価値をどこに置くか、新しいゴールポストをどこに設定するかを考えなければ、値下げ競争に巻き込まれるしかない。それが今のRPOサービス市場の状況ではないでしょうか」
旧来のビジネスに囚われず、「HRの概念そのもの」を広げる発想を
黒田氏は、これからの人材サービス会社には「HRの概念そのものを広げる発想」が求められると提言する。
これまでの人材サービスは「雇用支援」であり、新卒・中途・アルバイトにかかわらず、人材と企業が雇用契約を結ぶという前提での支援が主戦場だった。しかし労働人口が爆発的に縮小していく時代では、雇用支援だけを見ていては限界がある。
そこで重要になるのが、HRを雇用支援マーケットではなく「労働力調達支援マーケット」と捉える発想だ。

黒田氏「たとえば人材派遣は労働力を提供していますが、スタッフと派遣先の間に直接の雇用関係はありません。雇用・非雇用で言えば、非雇用領域のマーケットです。業務委託や代理店の活用なども、直接雇用しないという意味で、非雇用での労働力調達サービスと言えるでしょう。
さらには不雇用という観点もあります。社内の部署異動で人員を最適化する。エンジニアが採用できないならエンジニア会社ごとM&Aで買ってしまう。こうした労働力調達手段も、これから新しいマーケットになる可能性があります」
雇用支援だけをHRだと捉えている限り、縮小するパイを奪い合うゲームからは抜け出せない。非雇用・不雇用の領域まで支援の射程を広げることが、次の人材業界の重要な「生存戦略」となるだろう。
「既存の人材サービス会社が旧来の発想のまま動いていれば、淘汰は避けられない」と黒田氏は強調する。人口減少という未来から目を背けず、パラダイムシフトに備えることができるか。同氏のメッセージは、人材業界関係者ひとりひとりに向けられた、切実な問いかけでもある。

(鈴木智華)
