まず事業コンセプトより始めよ。ハイクラス×ベンチャー企業の採用に必須の土台作りとは

株式会社EXIDEA
取締役副社長兼マーケティングDX事業部 事業部長
塩口 哲平 氏
しおぐち・てっぺい/新卒でデロイト・トーマツグループに入社。 その後、株式会社プルークスを共同創業し、取締役に就任。大手、メガベンチャー企業を中心に多数のwebマーケティング プロデュースを手がける。現在は株式会社EXIDEA取締役副社長として、BtoB企業のコンセプト開発、デジタルマーケティング支援を行っている。

株式会社EXIDEA
コミュニケーションデザイン室 室長
山本 直樹 氏
やまもと・なおき/新卒でエン・ジャパン株式会社に入社し、求人広告営業として企業の採用支援に従事。その後、株式会社セレブリックスや株式会社プルークスにて人事・採用担当としてのキャリアを積み、現職。現在は株式会社EXIDEAで、採用・人事企画・人材/組織開発など人事全般に従事。

キャリアアップのための転職が一般化した昨今、よりよい給与や条件を求めて企業を探す求職者は多い。条件面で不利な中小企業やスタートアップがこの激戦区を勝ち抜くには、「この会社でキャリアを積んでみたい」と思わせる会社自体の土台づくりが不可欠だ。今回はデジタルマーケティング・クリエイティブ・テクノロジー分野で多彩なサービスを提供する株式会社EXIDEAの塩口氏と山本氏に、ハイクラス×ベンチャー企業の採用に重要な事業コンセプトの磨き方を伺った。

ベンチャー企業のハイクラス人材採用は事業コンセプトがカギに

一口に「採用」といっても、自社の立ち位置や採用したい人材の水準によって訴求ポイントは変わる。特に採用難易度が高い「中小企業・ベンチャー企業・新規事業」においては、求職者が転職先に求めているものを理解することが重要だという。

図1

山本氏「採用時の訴求ポイントを縦軸『採用ターゲットの層』と横軸『採用企業の規模・フェーズ』の2軸で分類してみましょう。 パーソル総合研究所が実施している『働く10,000人の就業・成長定点調査』の2019〜2023年データによれば、20代を中心としたジュニアクラスは主に自身の成長を求めています」

すなわち、20代の若者は「働きやすい職場」だけではなく、この数年間で「成長できる仕事」を求めるようになったのである。

(*1)パーソル総合研究所「20代の若者は働くことをどう捉えているのか?仕事選び・転職・感情の観点から探る

山本氏「一方、パーソルホールディングス株式会社が実施している『はたらく定点調査によれば、ハイクラス人材は仕事のやりがいや意義などを求めています」

ハイクラス人材は、「仕事はお金のためにする」と「仕事はやりがいのためにする」を比較した時に、「お金のためにする」と回答した割合が65.0%、「やりがいのためにする」と回答した割合が35.0%だった。一方、年収800万未満の人材は、「お金のためにする」と答えた割合が75.6%、「やりがいのためにする」と答えた人が24.4%だった。

(*2)パーソルホールディングス株式会社「全国の就業者10万人を対象とした「はたらく定点調査」に見るハイクラス人材の就労意識」

「そこに会社が提供できるものをかけ合わせた場合、各セグメントの訴求ポイントは図1のようになります。

例えば、大手×ジュニア採用の場合は育成環境が整っていることが武器になりますし、ベンチャーでのジュニア採用ならインターン制度や裁量の大きさでアピールできます。また、大手×ハイクラス採用なら、『ヒト・モノ・カネ・情報』などのリソースが潤沢にあり、規模の大きい仕事ができることを打ち出して採用につなげられます」

しかし、ベンチャーや新規事業におけるハイクラス人材の採用は、簡単ではない。前任者がいない新規ポジションの採用がひっきりなしに求められる上、業務内容も固まっていない場合が多く、一見すると打ち出せる内容や武器が少ないように思えるからだ。山本氏はこうした場合について、「事業コンセプトがカギになる」と語る。

図2

山本氏「求人を『5W2H』に分解したときに、自社の業務内容や給与などの条件面だけを訴求しても大手企業には勝てません。他社との差別化を図り採用競争に勝つためには、事業そのもののコンセプト(独自性)を洗い出し、採用において効果的なコンテクスト(文脈)に落とし込んで語ることが重要です。

例えばベンチャー企業が新規事業の営業を募集する場合も、業務内容等の条件面だけなら大手の営業の方が選ばれやすいかもしれません。だからこそ『なぜ自社がこれをやるのか、やり方の独自性はなんなのか、誰とやるのか』という、その事業ならではのコンセプトを明確にする必要があるんです。

ビジネスパーソンとしてハイクラスと呼ばれる方々ほど条件だけで仕事を探しているのではなく、仕事や機会の魅力を重視して仕事探しをしていると私は考えています。では、仕事の魅力とは何かと考えると、それは事業そのものの独自性や希少性、将来性に起因します。事業の独自性はそこで働く人たちの仕事によって生み出されてきたはず。だからこそ、自社の事業コンセプトを明確にすることが採用においても勝ち筋の一つになるのではないでしょうか」

その一方で、他社との差別化を図ろうとして情報をあれもこれもと盛り込み、せっかくのコンセプトがボヤけてしまうこともよくあると塩口氏は言う。

塩口氏「他社と差別化しようとするあまり、勝てない領域にまで広げすぎた訴求をしてしまうことがよくあります。そうすると、結局この会社では何ができるのか伝わらなくなり、入社後の期待ギャップも大きくなってしまいます。それよりも、自社の独自性を尖らせて、小さく勝つことが大切です

事業コンセプトとは、自社独自の価値を明確化すること

では、そもそも「事業コンセプト」とは何なのだろうか。「事業内容」との違いやその立ち位置を塩口氏に伺った。事業コンセプトはいわゆる「ミッション・ビジョン」の観点と「採用の5W2H」の観点、この二つから考えることができるという。

塩口氏「まず、ミッション・ビジョンとの関係性について確認しましょう。 ミッションとは、その会社が独自に持っている根本的な価値観のことで、存在意義に近いものです。一方ビジョンは、10〜30年先に目指す具体的な未来のこと。社会のためにどんなことをするかという社会性も重要となります。そして、ビジョンから逆算して考えたとき『今自分たちが大事にしている価値』こそが事業コンセプトです」

図3

加えて、事業コンセプトは採用の5W2Hにおける「Why(なぜ) 、 How(どうやって)、 What(何を)」とも関連づけられる。「Why」は自分たちがなぜ存在しているかを示し、ミッションやビジョンに近い要素だ。具体的に何をやるのかを示す「What」は、そのビジョンを実現するための具体的な事業内容を表している。そして「Why」と「What」を結ぶ「How」が事業コンセプトにあたり、これこそがその会社独自のスタイルを生み出す要素となる。

しかし、現状では「How」が抜け落ちていて、他社との違いが明確になっていない企業が多いと塩口氏は続ける。

塩口氏「Whyの部分は、いわばその会社の経営者やトップ層がやりたいことに近く、日々の仕事に追われている現場メンバーからすれば、少し遠い話に聞こえてしまいがちです。

例えば、ある採用コンサル会社Aでは、『中小企業の社長を元気にする』というミッションを掲げて採用支援事業を行っています。しかし『どうやって社長を元気にするのか』というHowの部分が抜け落ちているため、現場メンバーの中では採用支援(What)と『中小企業の社長を元気にする』(Why)がいまいち繋がっていませんでした。これでは、自社が他のコンサル会社とどう違うのか分かりません」

「How」を可視化し事業コンセプトを確立することで、自社にどのような強みがあるのかを社員が認識できるという。また、自社の採用基準が明確になるメリットもあると塩口氏は語る。

塩口氏「中小企業のコンサルでは、経営者に経営の型を教え込む形式が一般的です。しかしA社は、本当の意味で『社長を元気にする』ために、型にはめるのではなく『社長がやりたい経営の実現』を大切にしたいと考えました。そのために、自分たちで経営の標準化を持たないことと、徹底して社長の話を聞くことの2つをコンセプト(How)として設定。これにより、社長の考えややりたいことなどをじっくりと聞ける人材をコンサルタントとして採用しようという、自社の採用基準が明確になりました」


独自の価値を見出せると、周りから見た自社の魅力も向上していく。それが採用力の強化やミスマッチの防止につながるともいう。

塩口氏「例えば一口に人材営業といっても、新規顧客の数を増やすのか、既存顧客に寄り添ってアップセルを狙うのかによって、営業としての振る舞いが変わってきます。また、既存顧客中心の営業といっても、各企業によってそのスタイルは異なりますよね。Howが分からないまま入社してしまうと、自分のやり方とは合わない仕事をしなければいけない事態も発生しやすく、離職に繋がってしまいます。採用の段階で企業が大切にしているHowがわかれば、求職者も安心して入社できるのではないでしょうか。

先述のA社でも、採用基準や事業方針が明確になったことで、合わない社員は自然とフェードアウトし、共感する人材が入社するようになりました。こうした組織全体のパフォーマンス向上と、事業コンセプトに基づいた既存戦略が功を奏した結果、A社は売上の黒字化に成功しています」

事業コンセプトの磨き方

いざ事業コンセプトを整理していこうと考えたときに、「何から始めればいいかわからない」「手のつけ方がわからない」と悩む方も多いだろう。塩口氏は、まず「社内」と「顧客」それぞれの声を集めることが重要だと語る。

塩口氏 「まずは、自社のトップ・幹部・現場社員の3名にインタビューをします。インタビューが難しければ、 過去1〜2年分程度の全社資料や社内資料を洗い直して、頻出のキーワードを抽出しましょう。経営者は『自分流の勝ちパターン』を日頃から発信しているものです。そのキーワードを見つけることで、自社独自のHowや強みが見えてきます。


次に、上位2割のロイヤルカスタマーにインタビューを行いましょう。自社のファンとも言えるお客さまが、自社にどのような価値を感じて付き合い続けているのかを深堀りし、言語化します。じっくり話を聞いてみると、『営業や担当者のレスが早い』『いつもビジネスの壁打ちになってくれる』など、機能的価値以上に関係性の面で価値を感じていることが多いですね」

ロイヤルカスタマーとは

売上貢献が高く、自社に愛着や信頼を持ってくれている重要な顧客のこと。ロイヤリティ(loyalty)とは忠誠心の意。

事業コンセプトを整理して言語化したら、次はそれを伝わりやすい言葉に形成することが大切だ。事業コンセプトを磨く際に気をつけるべき5つのポイントを伺った。

塩口氏「まず、自社のこれまでの事業編成を踏まえた『①自社の強みが反映されている』ことが重要です。社員のインタビューや社内資料の分析、顧客へのヒアリングで抽出した内容ですね。独自性を分かりやすくするために、『②競合が一切やっていないことを表現する』ことも大切です。独りよがりにならないよう、クライアントにとってどのような価値があるのかが一目でわかる『③顧客にとっての事業価値が反映されているワードである』点も押さえておきましょう。

また、キャッチーで浸透しやすいコンセプトにするコツとして、『④ポエムではなくしっかり事業が表現されている』こと、『⑤一目で覚えられる言葉になっている』ことなどが挙げられます。自社が取り組んでいる事業の価値を、具体的にしっかりとわかるところまで落とし込んでいきましょう」

責任者自ら率先して事業コンセプトを浸透させよう


いかに事業コンセプトを磨き込んでも、伝わらなければ意味がない。採用現場において事業コンセプトを伝えるには、どのような工夫をすればよいのだろうか。山本氏は「ベンチャー×ハイクラス人材の採用の場では、事業責任者が直接話すことが重要だ」と語る。

山本氏「採用企業側の熱量、本気度、自信が求職者の心を動かします。ハイクラス人材と言っても人間です。特に効果があるのは、その事業の責任者が求職者と直接対話をすることですね。責任者が面接で実際に資料などを見せながら自らの言葉で求職者に話すのと、事業とは関係のない人間がそれっぽく語るのとでは伝わり方が異なります。求職者の方にとってもその方がリアリティがありますね。そのため人事には、自分自身が本気で事業を語れることに加えて、社内のアサインメント力やディレクション力が求められると思います」

塩口氏「採用担当者が事業コンセプトを伝えられない場合、課題の原因は3つ考えられます。そもそも事業コンセプトを理解してないのか、社内コミュニケーションが取れてないのか、 もしくはわかりやすい説明の仕方が分からないのか。

事業コンセプトを理解できていないのであれば、わかるように説明するしかありません。社員に対して経営層が語っていなかったり、伝えるためのコミュニケーションを取っていなかったりしたら、現場の人間は求職者に対して語れないからです。トップが率先して伝えて背中を見せていく必要があります。

また、わかりやすい説明の仕方が分からないのであれば、説明するための資料がないか、社員が自分の言葉に落とし込めていないかのどちらかです。事業コンセプトは自身が語ったときに初めて自分が理解してるかどうかわかるので、社員にも採用の場に出てもらい自分の言葉で語る経験をさせることが大切です。 採用は人事の仕事、事業は現場の仕事と分けていたら上手くはいきません。採用・人事の仕事も経営の重要な要素だと理解して全員で取り組んでいる会社は、自然と事業コンセプトが浸透していると感じます」

競合調査よりも、まずは自社の価値観を言語化せよ

もちろんEXIDEAでもこのメソッドを採用しており、効果を発揮しているという。事業コンセプトを確立し採用に落とし込んだ前後で比較すると、採用人数は300%に飛躍。採用人数に占めるハイクラス人材やエキスパート人材の割合が70%を超えるなど、大きな変化があった。

山本氏「まだまだ私たち自身も改善と向上を続けていますが、当社のようなベンチャー企業が求める人材を採用するには、自社の事業コンセプトや目指す世界、なぜそれを目指してるかという部分をしっかりとお伝えすることが重要です。事業コンセプトを訴求し続けていくことで、ご応募してくださる方、ご入社してくださる方の傾向に変化が見られるはずです。当社の事例は一例ですが、この世には二つとして全く同じ企業は存在しないので、特にベンチャー企業は待遇や条件など他社の模倣や追随をする前に、自社独自の事業コンセプトを磨き、訴求することが採用に変化をもたらすのではないかと思います」

最後に塩口氏は、「事業を成功に導くには、競合調査よりもまず、自社の根底にある強みや価値観の言語化から取り組んでほしい」と強調した。

塩口氏「採用は、目的ではなくてあくまでも手段の一つ。採用後に人材が活躍できるかが大切なので、事業コンセプトを明確にし、その事業に共感してもらうことが重要だと考えます。競合調査よりもまず先に、自社の1番の強みは何か、根底として持っている大事な価値観は何かを見直すところから取り組んでみてほしいです」