アデコ株式会社
(左)取締役 兼 Adecco Cheif Operating Officer
平野 健二 氏
ひらの・けんじ/2004年にアデコへ入社。人材派遣事業の営業職として大型案件の獲得やトップセールスの記録といった実績を残し、早い段階からマネジメント業務に従事。 支社長、エリア長、事業本部長を経て、2018年に執行役員ジェネラル・スタッフィング COOに就任。 2022年10月より現職。2021年にロンドンビジネススクール修士課程(MSc)を修了。
(右)Vision Matching Program Lead 兼 Success Manager
槙田 朋臣 氏
まきた・ともおみ/愛知県出身。1997年、アデコの前身であるキャリアスタッフ株式会社に入社。複数の営業部門での部長職を経て、現在は中期事業計画の経営戦略のひとつである「ビジョンマッチングプロジェクト」の責任者を務める。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修士課程在学。
近年、採用活動においてミスマッチの防止が重要視される中、カルチャーフィットが新たな採用基準として注目を集めている。アデコ株式会社は人材派遣とアウトソーシング事業のブランドAdeccoにおいて、カルチャーフィットの測定を開始した。今回は、派遣社員がカルチャーフィットした就業先で働くことの重要性や、カルチャーフィットの測定が実際のマッチングに与える影響について伺う。
「カルチャーフィット」という採用軸の必要性
アデコでは、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」というグループビジョンを掲げている。まずは、人材が躍動する環境の定義を平野氏に伺った。
平野氏「求職者にとって、仕事をする上で働く場所やスキル・待遇などの条件は大切です。しかし、それだけで人材が躍動できる環境を作ることは難しいんですね。働く場所の雰囲気や文化、さらには働いている人との人間関係も含めて『カルチャーがフィットしている』環境でないと、人はいきいきと楽しく働くことはできないと考えています。
一方で派遣サービスをご利用いただいている企業についても、派遣社員の多くが『職場に合わない』という理由ですぐに辞めてしまう課題を抱えていたんですね。離職率を改善するためにも、カルチャーフィットという採用軸が必要だと感じました」
派遣社員にいきいきと働いてもらうためには、職場とのカルチャーフィットが重要となる。さらに独自の調査などから、カルチャーフィットが働く人のエンゲージメントを向上させることが判明したという。
槙田氏「まず最初に自社調査を行いました。就業中の方に『今いきいきと働けていますか?』という質問をして、5段階でスコアをつけてもらったんです。それから『なぜそのスコアをつけましたか?』と全員に質問しました。
その結果、高いスコアを付けた人の多くは『自身が期待されている役割が明確だから満足している』と答えています。また、派遣という自由な働き方によってワークライフバランスがとれており、『適正な労働時間で仕事ができている』と感じている方も多いとわかりました。一方でスコアが低い人は、『人間関係で悩んでいる』という回答が上位に挙がっていたんです」
実態の調査だけでなく学術的な調査も行っていく中で、「JD-Rモデル」からもヒントを得たという。
学術的に確立されたワークエンゲージメントのメカニズム。同モデルでは、仕事の資源(上司・同僚による支援や成長機会などの職場環境)と、個人の資源(自己効力感や楽観性など)が充実しているとワークエンゲージメントが高まるとされている。さらに両者が充実していることで、仕事の要求度(仕事量や精神的・肉体的負担など)によって生じる心理的ストレスもやわらげることが示されている。
参照:第2-(3)-8図 仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)とワーク・エンゲイジメントについて
槙田氏「『適切なフィードバックがある』『価値観が合っている』『自己裁量を発揮できるといった環境がエンゲージメントを向上させることがわかりました。自社調査の結果とJD-Rモデルに共通する部分もあり、カルチャーフィットが就業者のエンゲージメントに重要な要素なのだとより感じたんです」
三方よしの「カルチャーフィット測定」
カルチャーフィット測定を始める上で、まずは職場のカルチャーを「どのようなマネジメントスタイルを採用しているのか」と定義したと槙田氏は話す。
槙田氏「最初は、企業に対して『フィードバックの仕方に気を付けている』『学びの場を提供するように注意している』などマネジメントスタイルのデータを取ることにしました。就業者に対しても、過去の経験から『どういうマネジメントスタイルの元で働いたときに自分らしさを感じられたか、いきいきと働けたか』という視点で調査したんですね。
その結果、マネジメントスタイルには『貢献実感重視』『信頼関係重視』『主体性重視』『成長実感重視』『ビジョン共感重視』の5パターンが存在すると分かってきました。この5つが、カルチャーフィット測定を進める上でのカギとなっています」
カルチャーフィット測定によるマッチングは、上記のパターンごとに3つずつ設問を用意し、それぞれの回答の指数を基に行っている。しかし、実際に導入を進めるためには難しさもあったと続ける。
槙田氏「特に、クライアントから理解を得るためには工夫が必要でした。最初は15問の設問を一つずつ読んで、じっくり回答してもらっていたんです。しかし忙しい担当者の方も多いので、十分な回答数を得ることができませんでした。
そこで、15問の文章を『自ら考え行動』『キャリアパス』『フィードバック』などのキーワードに変更しました。その一覧を見せて、『この中で面白い・関心がある・グッとくるキーワードを3つ選んでください』と依頼します。それと同時にそこまで重視していないキーワードも1つ選んでもらい、それぞれのキーワードについてエピソードを伺う。選択肢を分かりやすくし、質問の仕方を工夫したことで、面白い取り組みだと言ってもらえるようになりました」
試行錯誤を続けながら推進してきたカルチャーフィット測定。現在では、求職者やクライアントからも良い評判を得ているという。
平野氏「求職者はAdeccoだけではなく、他社も含めて登録することがほとんどです。その中で、求職者が求めるキャリアや、共感できるカルチャーをヒアリングしてマッチングできることがカルチャーフィット測定の強みだと感じています。嬉しいことに他社からも案件を紹介されていた求職者が、『アデコさんにお任せします』と言ってくださる機会も増えました。
また最近では、『前の会社では自身の豊富な経験を発揮できませんでしたが、次の職場を探す際にタイプ診断を受け、カルチャーフィットを意識したマッチングをしていただきました。現在の派遣先からは高評価を得てやりがいや満足感を持って働けています』とのお声もいただいています。他にもこのような事例報告が増えてきており、前年と比較してNPS®(企業やブランド、サービスなどに対する愛着や信頼を数値化するための指標)の著しい改善・向上も見られています」
槙田氏「求職者だけでなく、クライアントにとってもよい方向へ変化していると感じます。ある大手企業では、バックオフィス業務に従事する派遣社員において、3ヶ月以内の離職率が32.1%と高いことが問題視されていたそうです。そこでヒアリングをすると、バックオフィス業務を担う3つのチームが、それぞれ異なる職場タイプであることが判明したんです。それ以来、カルチャーフィットを意識したマッチングをすることで、100名超の派遣社員の3ヶ月以内離職率は5.9%まで改善したといいます」
「人財躍動化」や「カルチャーフィット測定」の推進は、自社内にも良い変化をもたらしており、「三方良し」の状態だと続ける。
槙田氏「従業員自身も、自分自身が躍動して働くためにどうしたらよいかを自然と考えるようになりました。『スキルアップをしていくためには何が必要か』などを自発的に考えるようなカルチャーの変化が、内部でも起こっていると感じます。
さらに、営業メンバーもクライアントに対して時給などの条件面だけでなく、より深い課題や悩みをヒアリングできるようになりました。またマッチングメンバーにおいても、これまでは営業担当者のスキルによって受注した案件の内容にバラつきがあり、マッチングが難しい場面もありました。しかし数値で企業のカルチャーを可視化したことにより、案件の解像度が格段に上がったとの声があがっています」
いきいきと働く人材を増やしたい
アデコでは、カルチャーフィット測定を通じていきいきと働く人材を輩出したいと考えている。今後は実施地域の拡大や入社後ギャップの解消、派遣社員のキャリア自律支援に力を入れたいと話す。
平野氏「求職者や企業に関するより多くのデータを収集することに価値があると思っています。現在は首都圏の地域を中心にカルチャーフィット測定を実施していますが、今後は対象地域の拡大を強化したいです」
槙田氏「次のステップとして、就業前に行うカルチャーのタイプ分けと就業後の実態調査を通じた、入社後のギャップ解消や非正規雇用者のキャリア自律に関わる支援に取り組みたいです。キャリアコーチ制度を活用したアプローチにより、もし職場に問題があれば事実に基づいた提案ができますし、求職者には『自身のモチベーションのスイッチはどこか』というような質問をして内省が深まるよう導くことができると考えます。このような支援を続けながら情報を蓄積していけば、カルチャーフィットの信頼性や精度はより上がると確信しています」
最後に人材業界へのメッセージを伺うと、「派遣人材の処遇含め、今後のキャリアやスキルアップの支援に業界全体で取り組んでいくことが必要だ」と語ってくれた。
平野氏「人材サービスに関わる人たちが同じ方向を向いて取り組むことで、派遣という形態で働いてる人の業界ステータスも上がり、幸せなキャリアを築くことや、幸せな人生を歩むことにつながるのではないでしょうか」