テクノロジーの進化、少子化に伴う国内市場の縮小、労働人口の減少などを背景に、日本の産業構造が大きく変わろうとしています。そんな昨今、雇用市場にはどんな変化が表れているのでしょうか。これからの時代、企業と働く人の関係はどうあるべきか、どんな企業が採用競争を勝ち抜けるかをテーマに、『転職の思考法』『天才を殺す凡人』の著者である株式会社ワンキャリア執行役員・北野唯我氏と、株式会社リクルートキャリアHR統括編集長・藤井薫氏が対談。そのポイントをご紹介します。
株式会社ワンキャリア最高戦略責任者執行役員/ビジネス書作家
北野 唯我 氏
きたの・ゆいが/1987年、兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。博報堂、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、最高戦略責任者執行役員に就任。テレビ番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。30歳のデビュー作『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)が14万部、2019年刊行の『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』(日本経済新聞出版社)も9万部とベストセラーに。
株式会社リクルートキャリアHR統括編集長
藤井 薫 氏
ふじい・かおる/1988年慶応大学理工学部卒業。リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)に入社。B-ing、TECH B-ing、Digital B-ing(現リクナビNEXT)、Works、Tech総研の編集、商品企画を担当。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長・GMを歴任。2007年より、リクルートグループ固有のナレッジの共有・創発を推進するリクルート経営コンピタンス研究所 、グループ広報室に携わる。2014年より、リクルートワークス研究所Works編集兼務。
2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクナビNEXTジャーナル編集長。HR統括編集長、リクルート経営コンピタンス研究所 エバンジェリストデジタルハリウッド大学・明星大学情報学部非常勤講師。著書『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。
企業と働く人の関係が変化している
藤井:日本の労働市場では、「企業の寿命と個人の職業寿命」の逆転という質的転換が進行中です。企業は、倒産やM&Aによる吸収などで短命化していく一方、個人は「人生100年時代」を迎え、ビジネスパーソンとしての寿命も延びていく。一生の間にさまざまな会社や事業を渡り歩くのが当たり前……という時代がそこまで来ています。そんな近年の雇用市場の変化を、北野さんはどう捉えていますか。
北野:つい最近、象徴的な出来事がありましたね。トヨタ自動車の豊田章男会長が記者会見で「終身雇用を守っていくのは難しい」と発言したことが話題になりました。それ以前に、トヨタが社内向けの講演を一般公開したことがありますが、そこでは従業員に対して「トヨタの看板がなくなったとしても生きていけるように市場価値を高めてください」「自分のために、自分を磨き続けてください」と語りかけているんです。
その上で、「我々トヨタの役員は、それでもトヨタを選んでもらえるように会社を強くしていく。それが我々の役割」と。20~30年前なら、大企業のトップがこんなメッセージを発信するなんてあり得なかった。
藤井:北野さんが発信しているメッセージと、まさに本質が同じですよね。「いつでも転職できるような人材が辞めない会社が最強」と。
北野:そうなんです。まさに『転職の思考法』で書いた通りの話です。今の時代、企業が個人に対して約束できるものが変わってきています。経営者としては、長期雇用・終身雇用したいのはやまやまだが、現実的にはできないことがわかっている。その代わりに「この会社にいればキャリアにプラスになる経験を積める、市場価値を高めることができる」ということを約束するんです。
では、なぜ企業はそれをわざわざメッセージしなければならないのか。その理由は「嘘がバレる」時代になってきている点にあると思っています。SNSが浸透した今、人々の間でクチコミが発生し、企業が意図的にイメージを創った広告以上に「本当のこと」が世の中に溢れていますから。
実際、業界トップクラスの大手企業の人事担当者の方々とお話ししていると、皆さん一様におっしゃいますね。「透明化していかなければならないよね」と。それが、直近半年くらいで感じているトレンドです。
藤井:社内価値から市場価値へ。変化の時代だからこそ、個人と企業が対等に選び合う存在でなければならない。そのためには「透明化」が不可欠ということですね。
業種の壁を越えた転職が増加
北野:今お話ししたのは超短期の視点でのトレンドですが、超長期の視点から見ると、生産の低い産業に身を置いている優秀な人材を、なるべく成長性が高い産業へ移動させることが重要だと感じています。
藤井:それはすでに始まっていますね。転職市場ではさまざまな「壁」のメルト(融解)が起きています。リクルートエージェントでは、異業種・異職種への転職サポートをするケースが増えてきているんです。
企業は既存事業が頭打ちとなる中で、これまでとは異なる領域への事業展開を図っていますから、社内にいないような人材を迎えて変革を推進して欲しいと思っている。一方、働く個人を見ても、成長分野へのキャリアチェンジが加速しています。規模や知名度で会社を選ぶのではなく、「自分の中長期の成長」を重視して転職先を選ぶ人が増えていますね。
北野:目の前の仕事に対して一生懸命努力してきたのに、20年後に「ごめんなさい、この会社潰れちゃいました」「今のあなたに市場価値はありません」なんて状況になってしまう――そういうのをなくしたいんですよ、僕は。
今、日本で産業ごとにGDPを算出すると、1人あたりのGDPに最大で20倍ほどの差があるんです。つまり、僕が産業Aにいた場合、GDPに対して1000万円しか影響を与えないのに対し、産業Bに行けば2億円くらいの影響を与えられる。
もちろん、相関と因果の関係は違う。だけど、これからもずっと生産性の低い産業に人を送りつづけるのは違う。成長分野により多くの人を送り込むべきだと考えるわけです。そこで僕は転職市場での「マーケットバリュー」の3軸として、「技術資産(経験・専門性)」と「人的資産(人脈)」と並び、「業界の生産性」を掲げているんです。
藤井:マーケットバリューの3軸は、「働く喜び」を構成する「3C」に共通するものがあると感じています。3Cとは「Clear=持ち味の自覚・自分軸の自覚」「Choice=持ち味を活かせる仕事」「Communication=上司・同僚との密なコミュニケーション期待」です。
リクルートキャリアでは毎年、働く人5000人を対象とした「働く喜び調査」を行っていまして、直近の調査では「働く喜びを実感している」と回答とした人は36.1%にとどまったんですが、その方々の共通項として、この3Cが高いのです。
「Clear:自らの持ち味を自覚している」「Choice:その持ち味を活かす仕事・職場を選んでいる」そして最後のCが「Communication:上司や同僚や社外を含む周囲の人から『期待されている』という密なるコミュニケーションがある」、です。
北野さんの3軸である技術資産≒Clear(持ち味)、業界の生産性≒Choice(持ち味を活かす職場)、人的資産≒Communication(周囲からの密な期待)と、勝手にシンクロするのです。特に、最後の人的資産≒周囲からの密な期待は、人間関係が希釈化する今の時代こそ、とても大事な気がします。
「個人」の時代に、人と企業はどう信頼関係を結ぶのか
北野:やはり、「人とのコミュニケーション」という指標は外せないんですね。「人的資産」に注目してみると、こちらも近年は環境変化が起きていると思います。20~30年前であれば、「勤務する会社名を伝えれば会ってくれる人がいる」ということが、個人の価値になっていた。
でも今は、会社のネームバリューではなく、その人自身を見られるようになっています。異業界へキャリアチェンジしたとき、どれくらいの人がついてきてくれるか、というほうが重要になってきていますね。
大企業にいる人ほど、これは悩むところだと思います。今、目の前にいる人は、〇〇会社の社員だから会ってくれているのか、自分だから会ってくれているのか、ちゃんと精査しないと自分の市場価値がわからない。
藤井:「お前のためなら喜んで力を貸すよ」と言ってくれる人がどれだけいるか。それはものすごく大事ですよね。僕が考える理想は「走れメロス」のメロスと親友セリヌンティウスのように、命をかけても信頼しあえる関係です。ビジネスにおいても、肩書きではなく、その人との信頼関係で、リスクを超え力を尽くし合える関係こそ、これからの不確実な時代の価値の中心点になると思います。
先ほど「働く喜び」と言いましたが、「喜」という文字はもともと「太鼓」と「祭器」の形を組み合わせたものなんだそうです。自分だけが喜ぶのではなく、太鼓を打ち鳴らしながら踊って神を楽しませ、喜ばせるという意味があるんですね。
自分のためでなく、誰かのために働くことが喜びになる。そんな社会になればいいなと思います。
北野:最初にも触れたとおり、会社もまた社員のために、社員の価値を上げるための働きをしなくてはならないと思うんです。僕は3年前にワンキャリアに参画した当時からの部下がいるんですが、当初から自分の役割はその部下の給与を上げること、出世させること、それしか考えない、と宣言していました。
その彼は今年、執行役員に就任したんですが。「社員の市場価値を高める」という役割は、直属の上司だけでなく、人事、そして経営層が担うべきものだと考えています。
藤井:出世は字義の通り「世に出る」。まさに「社員が市場価値を高めて、世の中へ出る」。それを支援するのが、現場・人事・経営の役割ということですね。
リクルートワークス研究所が提唱している採用進化論の「戦略的採用のホイールモデル」でも、経営・人事・現場が三位一体となって取り組む必要性を伝えているんです。それが優秀な人材を獲得するための第一歩といえるでしょう。
後編では、優秀な人材を採用するために必要な要素にフォーカスします。
(HRog編集部)