【対談】GOOD ACTIONアワード受賞企業と語る「企業と働く個人の関係性」「組織変革の秘訣」(前編)

【左】株式会社リクルート
HR統括編集長
藤井 薫 氏
ふじい・かおる/1988年リクルートに入社。現在、HR統括編集長として、変わる労働市場、変わる個人と企業の関係、変わる個人のキャリア、テレワーク・副業、DX採用などの潮流などについて、メディア・講演などで幅広く発信。デジタルハリウッド大学・千葉大学非常勤講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教員。著書『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

【中央】株式会社カクイチ
執行役員 事業戦略部長
鈴木 琢巳 氏
すずき・たくみ/2002年に株式会社カクイチ入社。営業ショールーム店長、新規事業企画室長を経て2017年執行役員就任。2018年に情報システム部長、2020年事業戦略部長を務め、社内のデジタル改革に着手。グロービス経営大学院大学終了(経営研究科/経営学博士)

【右】ワークスアイディ株式会社
HRSマーケティング部 部長
朝比奈 一紗 氏
あさひな・かずさ/2011年に人材派遣・採用支援事業およびDX事業を展開するワークスアイディ株式会社に入社。人材派遣営業職を経て、新規事業部に異動。来社のみだった派遣登録面談を電話で簡便に完了できる新たな仕組みを確立。その後も社内の業務改善をDXを用いて推進し、徐々に組織化。2019年に社内の改善・改革賞にて表彰。現在は、全国拠点の業務効率化および女性管理職として働き方改革に積極的に取り組む。

株式会社リクルートは2021年9月、オンラインセミナー「Withコロナ時代の企業と働く個人の関係性とは?」を開催。リクルートHR統括編集長・藤井薫氏の基調講演、組織変革を成功させ「GOOD ACTIONアワード」を受賞した2社によるプレゼン、藤井編集長と2社の変革推進担当者との対談が行われました。今回はそのポイントを抜粋・再構成してご紹介します。

GOOD ACTIONアワードとは

働き方の多様化が求められる現代において、その実現に向けた企業の取り組みを募るリクルートのプロジェクト。「現場から自然に生まれた取り組み」や「チャレンジ性に富んだ取り組み」、「会社の収益には直結していないが、盛り上がっている取り組み」など、モチベーション向上や職場の環境づくりに悩んでいる企業にとって、ヒントとなる事例を表彰。個人がより生き生きと働ける企業が増える未来を目指す。

企業と働く個人の関係の変革により、組織が活性化

藤井:今、企業は社会の急激な変化に直面し、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」などの対応に迫られています。また、中長期では、少子高齢化に伴う労働力不足問題の克服、ダイバーシティへの対応も課題となっています。

一方で働く個人は、コロナ禍でのリモートワークへの移行を機に、働き方や生活環境の変化を経験し、自らのキャリアや生き方を見つめ直す人が増えています。時間・場所・価値発揮の仕方など、これまでどおりの働き方では立ち行かなくなる――多くの企業がそんな危機感を抱いています。

今回、ゲストにお招きした2社さんは、業務・組織変革により、企業と働く人の新たな関係性を築き、その結果、業績も伸ばしていらっしゃいます。この2社からコロナ禍以降の変動や危機を乗り越えられる、しなやかな組織づくりのヒントを伺います。

株式会社カクイチの事例:社内情報の透明化で組織の実行スピードがアップ

鈴木(株式会社カクイチ):当社は創業135年の老舗企業です。ガレージ・ホースなどの製造・販売をはじめ、グループ11社、9事業部門、全国に約100の拠点・工場を展開しています。

近年は「事業が多角化しすぎてマネジメントができない」「組織が大きくなりすぎてスピードが遅い」「経営トップの発信が現場に正しく伝わらない」という課題を抱えていました。

そこで試したのが、情報の流通構造を変える・透明化することでした。具体的には、チャットツール「Slack」の導入です。

鈴木:それまで「電話・FAX」が中心の文化でしたが、2018年、社内のすべての情報や伝達事項をSlackに一元化、情報をオープンにしました。縦割りの体制を壊し、経営トップと現場、さまざまな部門同士がダイレクトにつながるようにしたのです。

その結果、組織スピードが格段にアップ。情報の共有によって、個々の社員が先を予測して行動できるようになり、根回しや調整などにエネルギーを費やすこともなくなりました。

そして、「誰もが思ったことを自由に発信していい」という空気が醸成され、組織が活性化しました。

また変革のために設けたのが、「タスクフォース」の仕組み。さまざまな部署から集まった5人のメンバーで「タスクフォース」を結成し、3カ月スパンで会社の重要課題に取り組み、取締役会に提案します。最近では30のタスクで、約150人が動いています。

組織構造だけでなく情報を透明化することで、組織文化は「規律型」から「自立型」へ、コミュニケーションは「報連相」から「知の融合」へ、モチベーションマネジメントは「外的動機(信賞必罰)」から「内的動機(ワクワク感)」へと変化しました。

ワークスアイディ株式会社の事例:電話面談の導入により多様な人材が活躍できる組織へ

朝比奈(ワークスアイディ株式会社):当社は設立22年、約600名規模の人材派遣会社です。変革への取り組みが始まったのは、およそ10年前のことです。

当時は設立から10年少々で、経営陣は男性ばかり。ベンチャー気質が強く、残業も多い風土でした。女性社員の多くは、長く働き続けられるイメージが持てずに、結婚・出産のタイミングで退職していました。

そのような中、業務プロセスの無理・無駄があることに気づき、派遣登録希望者に対して行っていた「来社面談」を「電話面談」に移行する案を出し、まずは自ら電話面談を開始しました。

当時、「来社面談」は業界の常識。「電話で済ますなんて、登録希望者に失礼だ!」とたくさんの反対意見が出ましたが、まずは小さく始めてみることにしたのです。

すると、登録希望者の方は「来社面談」より「電話面談」を選ぶケースが多いことが分かりました。そして電話面談チームの拡大に踏み切り、2019年にはテレワーク制度も導入。時短勤務者も活躍しやすい仕組みを整えた結果、結婚・出産を機とする女性の退職が減少しました。

また「登録希望者との面談」と「仕事のマッチング」を分業化したところ、一人あたりの残業時間も大幅に削減。さらに、それぞれがコア業務に専念できるようになったことも功を奏し顧客への提供価値が向上、コロナ禍にあった昨年度も最高売上を更新しました。

藤井:企業が直面する課題、その変化の波への対応として、カクイチ様は現場が主体性を持って働く組織を目指して情報をオープン化され、ワークスアイディ様は女性を皮切りに多様な個人が活躍できるような組織づくりを実現されたのですね。

では、取り組みの始まりから成果に至るまでのプロセスをくわしくお聞きしていきたいと思います。

変革を起こすのは「上から」?それとも「下から?」

藤井:組織に変革に起こすとき、「上から(経営トップから)」起こすケースと「下から(現場から)」起こすケースがあるかと思います。ワークスアイディさんの場合は、「下から」だったんですね。

朝比奈:前提として、変革を起こすには組織の上からと下から、「両方とも必要」だと思いますが、当社の場合は下から。一社員であった私が起点となりました。営業から内勤に移ったのを機に、課題に気づいたためです。

またその頃、同じチームに育休明けの女性が復職したんです。周りはフルタイム勤務で残業もしている中、時短勤務の彼女は肩身が狭そうでした。「活躍できている」状態とは言えず……。その姿を目の当たりにして、今の会社の体制・風土と女性の働き方がアンマッチを起こしている、と実感しました。

そこで、2時間かけて行っていた来社面談を、30分単位の電話面談に切り替え、時短勤務者をアサインしました。すると電話面談では直前の予約キャンセルもほとんどなくなり、さらに予約からの登録者は50%から95%にアップ。電話面談を担当する時短勤務者が高評価を得るようになりました。

このように、当事者だからこそ課題をシャープに捉えられ、自分の馬力で進んでいくことができます。この意味では、下から声を上げるのは重要だと思っています。

藤井:当事者の立場に立ったからこそ気付けた視点、危機感があり、それが変革の起点になったのですね。一方、カクイチさんの場合は、執行役員である鈴木さんが推進されましたね。

鈴木:当社では、上から変革を起こすことがベストだったと思います。経営陣には、ポジションパワー(公式な力)・パーソナルパワー(個人の力)・リレーショナルパワー(関係性の力)の3つが揃っている。だからその人たちが変わろうと思えばすぐに変わる。

トップが「変えよう」とする意思を見せれば、現場も「変えたい」というマインドになります。それが「タスクフォース」で活きています。

藤井:「タスクフォース」の仕組みによって現場から面白い提案が上がってくれば、今度はトップの意思決定も変わりますよね。起点はトップでも、風土が変わったことでボトムからの提案も期待できそうです。

変革を目指すとき、まず何から始めるべきか

トークセッションの様子

藤井:組織変革を図ろうとするとき、ファーストステップとして何から始めればいいと思われますか?

朝比奈:まず、一人ひとりが「どのような職場にしたら自分が幸せに働けるか」と考えることです。「こんな職場なら長く働き続けられる」というイメージをビジョンとして頭に浮かべ、そのために何が必要かを想起する必要があります。

藤井:働き方が変われば、どのような生活が実現するのか――。仕組みの前に、理想の姿や状態を映像のようにありありと語れるといいですね。

鈴木さんはどう思われますか。

鈴木:「宣言する」ことだと思います。「こんな職場にしたいんだ」「こんな職場にするとこんないいことがあるんだ」と言い続けると共感する仲間が寄ってきます。「いつやるの」「どうやるの」「何か手伝えることある?」と、協力者が現れるんです。

口に出して宣言しない限りは実現しないので、勇気を持って言葉にしてみることですね。

藤井:今お聞きして浮かび上がったのが「プロフェッショナル」という言葉です。この語源である「プロフェス」とは「公言」「名言」。もともとは神様が「自分が与えられた才能を正しく磨いて社会に還元することを誓います」という意味なのだそうです。

個々の能力・役割・使命などを組織や社会に還元しようという「宣誓」を続けることで、周囲の人も動かされるわけですね。

変革に着手された頃、カクイチさんでは「アマゾン」と聞くと真っ先に「アマゾン川」を連想する役員の方が半数いたとお聞きしました。そのような風土で新しいITツール「Slack」導入を、どのように説得されたのでしょうか。

鈴木:説得するというより、「こうなったらいいよね」という話を積極的にしました。

当時、テック系企業でSlackの導入が進んでいたので、テック系企業の方に導入の相談をしたところ、大反対されました。「アナログでリアルなコミュニケーションを大切にしてきたのでしょう。その良き伝統が壊れ、カクイチらしさを失ってしまうのでは」と。

ですが、社長と話し合って「異物と異物の融合によって面白い化学反応が起き、イノベーションが生まれる」と考えました。それを期待して「チャレンジしてみよう」という空気を作ったことが正解だったと思います。

藤井:「費用対効果は」「ROI(投資利益率)は」なんてことばかり言ってたら進まないですよね。ワクワク感を呼び起こすような発信から始めるのがいいですね。

私たちリクルートでも、「すべては好奇心から始まる」という基本的な考え方があります。一人ひとりの好奇心が、抑えられない情熱を生み、価値の創出につながっていく。これまでもリクルートの数々の新規事業が、個人の突拍子もないアイデアから生まれてきました。

だからこそ、「個の尊重」の文化が根付いています。一人ひとりが能動的に発言、行動することで、一個人から会社の収益柱となるような事業まで進化を遂げていく。自律的な組織をつくることで、個人の活躍が広がっていくと実感しています。

後編では、変革を起こそうとしたときの社内の反発や障壁について、鈴木さん、朝比奈さんがどのように乗り越えたかをお聞きします。