
株式会社ROXX
代表取締役社長
中嶋 汰朗氏
なかじま・たろう/1992年生まれ。青山学院大学在学中の2013年に株式会社ROXXを創業。HR領域において、AIを活用した採用支援サービスや転職プラットフォームを展開し、事業成長を牽引する。2024年9月に東証グロース市場へ上場。2021年には「Forbes 30 Under 30 Asia」ENTERPRISE TECHNOLOGY部門に選出。
物流・建設・製造など、デスクワークを必要としない「ノンデスク領域」。アメリカでは、現場職で高収入を実現する「ブルーカラービリオネア」が注目を集めている。
一方、日本では深刻な人手不足が続くものの、多重下請け構造などの課題もあり、ノンデスク領域で十分な賃上げが進んでいるとは言い難い。
株式会社ROXXは、未経験から正社員を目指す求職者に向けた、ノンデスク領域特化の転職プラットフォーム『Zキャリア』を運営している。同サービスでは、業務効率化だけでなく、「人だからこそ提供できる価値」を高めるAI活用にも取り組んでいるという。
現場で見えている課題や今後の展望について、ROXXの代表取締役社長 中嶋氏に伺った。
「給与が低い」は本当?ノンデスク領域の知られざる実態
ノンデスク領域は、ホワイトカラーの職種と比べて給与が低いイメージがあるが、実態は異なるという。
中嶋氏「未経験者が就職した際の初任給に注目すると、ノンデスク領域とホワイトカラーとの差はほとんどありません。タクシードライバーや一部の接客業のように、ホワイトカラーの平均を大きく上回る賃金水準の職種もあります」
とはいえ、ホワイトカラーからノンデスク領域へ転職する人はまだ少数派だという。
中嶋氏「まだ、これまでのキャリアを手放すほど、ホワイトカラー側のキャリアに強い危機感や行き詰まりを感じていない方が多いことが理由だと思います。ただ、営業職からドライバーを目指すケースも見られるようになってきました。『手に職をつけたい』という理由が大きいですね」
初めて正社員の就業を目指す層にとっても、ノンデスク領域は魅力的だ。
中嶋氏「学歴や職歴を問わず、非正規雇用からでも正社員を目指せる『就業機会の広さ』が特徴です。未経験からでも実務を通じて手に職をつけられる点は、将来的なキャリア形成において大きなメリットとなります。
さらにAIの普及が進む中で、ノンデスク領域の仕事自体の価値が、中長期的に高まっていく『伸びしろ』を感じている求職者も多いです」
かつてノンデスク領域は『3K(きつい・汚い・危険)』といったように労働環境が厳しいイメージだった。現状はどうなのか。
中嶋氏「以前と比べ、労働環境を改善する企業が増えています。特に未経験者を育成する余力がある大手企業を中心に、労働条件の見直しが進んでおり、人手不足が業界の働き方を変える契機となっています。労働環境も含め、ノンデスク領域の実態は、まだ知られていないという印象ですね」
求人紹介だけではない。人生の転換点を支えるROXXのキャリア支援

こうした課題を前に、ROXXは「時代の転換点を創る」をミッションに掲げている。
中嶋氏「これまでの人材紹介は、大卒でホワイトカラー経験がある方を前提としたサービスが中心でした。一方で、正社員経験がなく、これからキャリアを築きたい人たちを積極的に支援する取り組みは多くありませんでした」
少子高齢化による労働人口の減少に加え、生成AIの普及によってホワイトカラーの仕事も変化が求められる時代になっている。
「こうした社会の転換期だからこそ、未経験層への支援がより大きな意味を持つ」と中嶋氏は語る。
中嶋氏「AIによってホワイトカラーの価値が大きく変わる一方で、ノンデスク領域の必要性は今後さらに高まります。生活に困っている方や未経験の方が、転職によって年収を100万円上げたり、安定した仕事に就いたりすることの社会的インパクトは非常に大きい。そうした方々が活躍するきっかけをつくることが、『時代の転換点を創る』というミッションにつながっています」
そのためROXXでは、求人を紹介するだけではなく、「本人に合う仕事」を一緒に探すプロセスを重視している。
中嶋氏「この領域の求職者は、『自分にどんな仕事が向いているのか』『どのような基準で決めればいいのか』というキャリアの判断軸を整理しきれていないケースが多いんです。インターネットで情報は調べられても、自分に当てはめて判断するのは難しい。応募書類の書き方に戸惑う方も珍しくありません。だからこそ、1人ひとりに寄り添った対話が大切だと考えています。
一問一答のヒアリングでは、その人の本当の適性は見えてきません。生活状況や過去の経験、何気ない会話の中から少しずつヒントを拾い上げていく必要があります。効率だけを追い求めると、この時間は削らざるを得ません。しかし、それでは私たちのサービスの価値そのものが失われてしまいます」
AI活用で一人ひとりに向き合う時間を最大化
ROXXでは、求職者一人ひとりに向き合う時間を確保しながら事業成長を実現するため、AIを積極的に活用しているという。
中嶋氏「人材紹介は労働集約型で、業務範囲も非常に広い業界です。求職者に寄り添う部分は人が全面的に担うべきですが、一方でデータ入力や資料作成などの定型的な業務やキャリアアドバイザー(以下、CA)の指導におけるマネジメントの質や工数はAIで効率化・平準化していく。この2つを分けて考えています。
そうすることでCAは、面談や求人提案など求職者と向き合う時間を増やすことができ、マッチングの質向上にもつながります」
では、人が向き合う時間を増やすために、具体的にどのようなAI活用を進めているのか。具体的な取り組みのひとつが『Zキャリア AI面接官』だ。企業側の選考工数を削減するとともに、求職者も24時間365日、スマートフォンから面接を受けられる環境を提供している。
中嶋氏「狙いは大きく2つあります。1つは企業側の選考効率を高めること。もう1つは、求職者が応募する機会を広げることです。現場で働いているなど、日中に面接時間を確保するのが難しい方でも、自分の都合に合わせて選考を受けられます。
実際に、『Zキャリア AI面接官』は営業時間外に利用されるケースも多く、夜間や休日を含めた柔軟な選考機会の提供につながっています。また、求職者から対面面接と比べて緊張が和らぐという声も寄せられています」
AIは、社内のCAの支援や育成にも活用されている。2026年から、面談内容をAIが分析し、ハイパフォーマーの基準と比較してフィードバックする『AIフィードバックシステム』の本格導入を開始した。
中嶋氏「営業職やCAの面談内容をAIで自動的に書き起こし、要約・スコアリングしています。質問の仕方やヒアリングすべきテーマの網羅度などを分析することで、これまで個人の経験や感覚に頼っていた暗黙知情報を可視化できるようになりました。これにより、CA自身が面談後すぐに改善点を振り返れるようになったんです。
これまでは、マネージャーが面談ログを確認して口頭でフィードバックするまでに時間がかかっていました。AIによって、CAは面談から数分以内に気づきを得られるようになり、『教えてもらうまで待つ』のではなく『すぐ振り返って次に活かす』自立した成長サイクルになりました。マネージャーも、研修設計や個別具体的なフィードバックに注力できる環境が整ってきています」
さらに、面談内容をもとにした求人レコメンドや、求職者ごとの志向に合わせた求人情報のカスタマイズなど、マッチング精度向上に向けたAI活用も進めている。ただし、ROXXが目指しているのは、人の仕事をAIに置き換えることではない。
中嶋氏「すべての根底にあるのは、人にしかできない対話や寄り添いの時間を増やすことです。選考の一部がAI化されても、『どの会社に行きたいのか』『どんな働き方をしたいのか』という部分は、人との対話の中でしか見えてこない。効率化できる部分は徹底的にAI化し、人が向き合うべきことに注力していきます」
求人紹介だけでは終わらない。生活まで支えるキャリアサポート
ノンデスク領域の職種に注目が集まる一方、転職における課題も多い。
中嶋氏「私たちが支援しているのは、主に正社員としての就業経験がなく、これから正社員を目指す方たちです。平均年収は270万円前後と、生活に余裕があるとは言い難いのが現状です。そのため、選考にかかる交通費や時間といったコストが、大きな負担になってしまい、就職活動そのものを諦めてしまうケースも少なくありません。
例えば時給で働いている方の場合、面接に行くために仕事を休むと、その分収入が減ってしまいます。生活が苦しいからこそ転職したいのに、転職活動自体にお金がかかって続けられない、という悪循環に陥ってしまうんです」
そうした状況を踏まえ2026年に、生活支援サービス「Zキャリア ライフサポート」の提供を開始した。その背景には、転職活動や就職において、生活面の不安を抱える求職者の実態がある。
中嶋氏「『Zキャリア』には、これまで累計約60万人の求職者が登録しています。その利用者661名を対象に実施した『ノンデスク領域における求職者の生活調査』では、30歳以上の利用者における借入利用率が65%を超えていることが分かりました。転職や就職に伴う交通費、引っ越し費用、光熱費、通信費、食費など、一時的な出費や月々の生活費に対して経済的な不安を抱えている方が非常に多いんです」
転職支援だけを提供していても、根本的な課題は解決できない。そうした想いから、生活支援サービスを立ち上げた。
中嶋氏「安心して新しい仕事に挑戦し、新生活を送るためには、生活領域まで踏み込んで支援する必要があると判断しました。
クレジットカード『Z CAREER CARD』の提供に加えて、今後は住まい(引っ越しや不動産、インフラ)、食と健康(宅配食や飲料)、通信(モバイルやインターネット)など、求職者のニーズや社会情勢の変化に合わせて生活支援の領域を順次拡大していく予定です。求職者の方が無理のない選択肢の中でキャリアを築けるよう、生活の土台から一緒に考えていきたいと思っています」
ノンデスク領域が「当たり前の選択肢」になる未来へ

中嶋氏は「今後ノンデスク領域がより自然なキャリア選択の一つになる」と語る。
中嶋氏「今後5年ほどで、新卒時点から『ノンデスク領域のほうが合理的な選択肢なのではないか』と考える人が増えていくと見ています。AIによってホワイトカラーの仕事のあり方が変化する一方で、人の手が必要とされる仕事の価値は構造的にもより一層高まるからです。
20年前はインターネット企業を選ぶことに不安を感じる人もいましたが、今ではITに関わる仕事を選ぶことは当たり前になっています。それと同じような変化が、ノンデスク領域でも起こる可能性があります」
データを活用したマッチングやAIによる効率化を進めながらも、最後に人が担う価値は変わらない。
中嶋氏 「本人の意思や感情に寄り添うことは、人だからこそ提供できる価値です。今後も、それ以外の業務はAIで徹底的に効率化し、人が向き合うべき部分に時間を使える状態をつくっていきたいと考えています。
また現在は、その知見を生かして人材会社向けのAI化支援にも取り組んでいます。従来通りの転職支援が通用しなくなる中で、業界全体のAI活用も後押ししていきたいですね」
最後に、人材業界全体へのメッセージを伺った。
中嶋氏「人材業界に求められる役割は、単に求人を紹介することではなく、求職者が抱える背景や不安まで理解した支援へ広がっていくと考えています。
人手不足という言葉だけが注目されていますが、その裏側には、働きたくても一歩を踏み出せない求職者が数多く存在しています。求人票の条件を整えるだけではなく、その人が抱えている生活の不安や、仕事選びに必要な情報不足まで含めて向き合うことが必要なのではないでしょうか。
私たちは、そうした方々にとって人生を変えるきっかけを提供できる存在でありたい。そして、それが結果的に日本の労働市場全体を底上げすることにつながると信じています。これからもテクノロジーと人の力を掛け合わせながら、時代の転換点を創っていきます」
(執筆:川瀬ゆう)
