今回の記事は、公認会計士 眞山 徳人氏により寄稿いただきました。
眞山氏は公認会計士として各種コンサルティング業務を行う傍ら、書籍やコラム等を通じ、会計やビジネスの世界を分かりやすく紐解いて解説することを信条とした活動をされています。
眞山氏の著書、「江戸商人・勘助と学ぶ 一番やさしい儲けと会計の基本」では、難解な会計の世界を分かりやすく解説しています。
これまで、「人材業界のこれから」と題して、株式会社パソナグループ、エン・ジャパン株式会社の2社の決算分析を行ってきました。引き続き、上場している人材業界の決算数値を分析していきましょう。今回は第3回、最年少上場社長として話題になった、あの「株式会社リブセンス」の決算です。
戦略の違い
今までパソナグループやエン・ジャパンの数値分析を行ってきましたが、これらの2社は事業の拡大の仕方として以下のような特徴を持っていました。
- パソナグループの事業の拡げ方の核は「ヒト」。そこを起点に、派遣や求人だけでなく、福利厚生のアウトソーシングなどを行っています。
- エン・ジャパンは事業を広げるというよりも、求人や派遣といった業界で、自らの事業を「掘り下げていく」イメージが非常に強いと思います。
こういった戦略の違いは「アンゾフのマトリックス」で整理することができます。アンゾフのマトリックスとは、顧客と事業の2つの側面から、戦略を4つに分類する考え方です。
パソナグループは既存の顧客(ヒトに関する悩みを抱えている会社)に対して、人材派遣だけでなく、様々なサービスを提供していく形で展開を行っています。このような戦略を「新製品開発戦略」と呼びます。
一方、エン・ジャパンは既存の顧客(求人を探している人や企業)に対して、スマホのアプリを開発したり、特定の顧客(女性など)に焦点をあてたサービスをスピンアウトさせたりと、既存のサービスをブラッシュアップさせながら事業を拡大させていく方向性が見て取れます。このような戦略を「市場浸透戦略」と呼びます。
そして、今回取り上げるリブセンスは、そのどちらとも異なる「市場開拓戦略」をとっているようです。
沿革を見るとわかる、事業の拡がり方
リブセンスのHPに、会社の沿革が書かれています。一部を抜粋してみます。
鋭い方は気づかれたと思います。ここに上がっているのはほとんど「○○サイト」の提供開始、サービス開始、というものです。
2006年に設立して以来、ジョブセンスという求人サイトの運営を行っているわけですが、2010年ごろからは賃貸、医療情報、ビジネス比較・発注、ファッション、中古不動産売買…と少しずつ「求人」以外のサイトを運営するようになっています。
サイトの運営ノウハウを武器に、新しい市場をまさに「開拓」していく様子がわかりますよね。今回の連載は「人材派遣業のこれから」と題していますが、実はリブセンスは人材派遣・人材紹介をドメインとした会社ではなく、こういった「B to B to C(Business(=企業)とConsumer(=消費者)との取引を、サイト運営会社というもう一つのBusinessが仲介するタイプのモデル)」のサイトを運営する会社なのだ…と定義してしまうことも、可能だと思います。
良い赤字?
…おっと、気づけばここまで全く決算数値を用いずに説明をし続けていました。市場開拓を続けているリブセンスの経営成績は、いったいどのようなものでしょうか。まずは簡単に利益の状況を分析してみます。
あれっ、赤字の時期がある!と気づいた方もいらっしゃると思います。
今回、2016年5月13日に行われた決算発表は、第1四半期のもの。そのため、過去五年間の同期比でグラフを作っているのですが、2015年度の第1四半期では営業利益がマイナス、つまり赤字の状態です。
一般的に赤字というと「非常事態」のような印象を与えることもありますが、リブセンスの前期第1四半期は、今後の事業拡大を見据えて人員を増やしたり、広告宣伝を増やしたりといった先行投資を理由とした赤字であり、性質的には心配するようなものではありません。事実、しっかりと今期に入ってから売り上げを伸ばし、営業利益を確保していることから、先行投資をしっかり結実させたことが理解できるかと思います。
お金の出入りを俯瞰する「キャッシュ・フロー分析」
さて、リブセンスが毎期順調に売り上げを伸ばしながら、次々と新しいサイトを開設していく様子をみて、ひとつ考えてみたいことがあります。それが、お金の出どころです。
例えば、私たちが高級車を買うことを想像してみましょう。高級車を買うためには、
- ① 自分の給料を貯めて買う
- ② 前に所有していた車や家財道具などを下取りに出して買う
- ③ ローンを組んで買う
これらのいずれか(またはその組み合わせ)になるだろうと思います。企業会計では、①のお給料にあたる、本業から得るお金の流れのことを「営業キャッシュ・フロー」と呼び、②のような資産の処分、または自動車の購入そのものから生じるお金の流れを「投資キャッシュ・フロー」、③のようなお金の借入、返済などを「財務キャッシュ・フロー」と呼びます。
これらの3つのキャッシュ・フローのどれがプラスで、どれがマイナスかを見るだけで、会社がどんな状況に置かれているか、非常によくわかるようになります。
というわけで、リブセンスのキャッシュ・フロー計算書をもとに、6カ月ごとにプラスマイナスで表示してみました(第1四半期の決算発表ではキャッシュ・フロー計算書は開示されないので、その前の通期決算までを分析の対象としています)。
数字を無理に追いかけず、「プラスかマイナスか」だけを見てみるのがコツです。
そうすると、過去4年間が「本業でしっかり稼いで投資に回す時期」と、「本業以外に借入もしながら投資をしていく時期」の2つに分かれていることがわかります。
リブセンスはまだ創業12期目の若い会社ですので、どんどん事業を拡大していくために投資キャッシュ・フローがマイナスになるのは、むしろ健全な証拠です。ここ2年は営業キャッシュ・フローがマイナスになっていますが、これも人員増によるもので、今後の事業規模を拡大する先行投資であることは先ほど説明した通り。
上述の沿革を見ると、2015年には「医療情報サイト」や「中古不動産売買サイト」など、今までとは異なる趣のサイトをリリースしています。これらへの先行投資が実際に営業キャッシュ・フローの形で回収されるのは、おそらく2016年以降になるでしょう。
このように、キャッシュ・フローの数値を見ていくと、企業が「どこからお金を持ってきて、それをどこで使おうとしているのか」がわかるようになります。
「プラス・マイナス」を冷静に見つめること
今回のリブセンスの決算分析で学ぶことができるのは「プラス」「マイナス」の本当の意味、だと思います。営業利益がマイナスだから大騒ぎ…という短絡的な発想ではなくて、その裏側にある企業としての考えや対応の仕方を想像すると、必ずしも赤字や支出が先行している状態が悪いものではないということが理解できると思います。
数字だけを見て反応するのではなく、数字のウラ側を見る習慣をつけたいものです。
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