ギグワーク版ハローワークを目指して 地方自治体×マッチボックスがつくる新たな選択肢

株式会社Matchbox Technologies
執行役員CCSO/CCO
山本 はる奈 氏
やまもと・はるな/大阪府出身。健康機器メーカーにて商品企画、広報、スタッフ教育に従事。経営コンサルティング会社にて経営セミナーの企画・運営や、人財育成に係るコンサルタントとして活躍。matchboxのカスタマーサクセスおよびサポート領域、コーポレートカルチャーを担当。

全国的な人口減少に加えて都市部への人口流出が続き、地方企業は深刻な人手不足に直面している。そんな背景から、昨今では人材サービスが地銀との提携や地方自治体からの案件受託を強化する動きも見られる。今回は自治体公式のギグワークプラットフォーム構築を手がける株式会社Matchbox Technologiesにその戦略を伺った。

単発バイトサービス「マッチボックス」で、地域に眠る労働力を掘り起こす

2014年に設立された株式会社Matchbox Technologies(旧:株式会社Fusion’z)は、新潟県内のコンビニのフランチャイズ経営からスタートした会社だ。最大40店舗ほどのコンビニ経営を手がけた同社では、当時から地方の深刻な人手不足を実感していたという。その後、本部(フランチャイザー)と共同で行った人材派遣事業立ち上げを経て、2018年から「マッチボックス」の開発を開始。2020年にサービスを正式にリリースした。

マッチボックスは「もっと身近に企業と働き手がつながる仕組みづくりがしたい」という同社の想いから生まれたサービスだ。

「マッチボックスは、その会社独自の『単発バイトマッチングアプリ』を作成できるサービスです。従業員や退職者、地域の一般求職者を登録し、空いているシフトの共有から募集・採用までを一気通貫で行うことができます。また勤務が確定した際の雇用手続きや給与計算・支払いもアプリ上で完結できるため、煩雑な事務作業なしで気軽に人材が雇用できるのも特徴です」

マッチボックスは、2022年から地方自治体へのサービス提供を開始した。全国で初めてマッチボックスを導入した新潟県湯沢町では、町内の短期・単発バイトを探せるギグワークプラットフォーム「ゆざわマッチボックス」を運営している。現在は湯沢町のほか、5つの自治体で同サービスの導入が進んでおり、2023年度中に9自治体にまで利用が拡大する予定だ。

山本氏によると、自治体がマッチボックスの導入を進める背景には「ハローワークなどの従来の支援では取りこぼしてしまう就労ニーズを拾い上げたい」という考えがあるという。

「日本には約2100万人の非正規労働者がいますが、非正規で働く理由として『柔軟な働き方をしたいから』という人の割合が年々増加傾向にあります。一方で自治体側では、ハローワークなどの正社員・長期雇用を前提とした就労支援サービスしか提供しておらず、短期・単発で働きたい人材になかなかアプローチできていませんでした。そこでマッチボックスでは自治体と連携し、地域の短期・単発でなら働ける人材 =『眠れる労働力』を掘り起こす取り組みを行っています」

自治体とともに二人三脚で求人サイトを運営

2022年7月に開設された「ゆざわマッチボックス」には、2023年11月末時点で1087名の求職者が登録し、累計15,000時間前後の労働力が同サービスを経由して町内の企業に供給された。湯沢町の人口は約8,000人のため、人口のおよそ10%ほどの人数が登録・利用したことになる。

数ある単発バイトのマッチングプラットフォームの中で、マッチボックスが地方の人材と企業に受け入れられている理由は何なのだろうか。

「全国規模で展開している民間のスポット求人サービスと比較して『その地域の求人だけが掲載されている』点が、求職者目線での使いやすさにつながっているようです。全国版のスポット求人サービスの場合、首都圏や三大都市周辺の求人は充実しているのに、自分の地域で絞り込むと求人がないことがよくあります。一方でマッチボックスは、自治体が開設している地域特化型のプラットフォームです。そのエリアの求人だけが集まっているため、求職者にとっても自分に合った求人を探しやすいサービスとして浸透しています。

企業側の理由としては『安心感』が大きいようです。地方企業にはハローワーク以外の求人サービスを利用したことがない企業さんも多くあります。そんな企業さんにとって、マッチボックスは『自治体が公式に提供しており、安心して利用できる求人サービス』として受け入れていただいていますね。

またアンケート調査をしてみたところ、企業・求職者ともに『地域に貢献したいから』とマッチボックスを利用している方が多くいらっしゃいました。自治体が主体となって展開することによって、地域を盛り上げていこうと考える事業者・求職者の方が単発バイトに挑戦してみるきっかけが生まれています」

マッチボックスでは、自治体に対してマッチボックスのシステム提供だけではなく、目標設定から拡散・運用・効果分析までを包括的にサポートしている。特に自治体に対しては、事業者向けの説明会、単発バイトを募集するための業務の棚卸しとタスクの切り出し、求職者向けのマーケティングなど、自治体や企業に深く入り込みながら伴走していく。サイトを作っておしまいではなく、一緒にマッチングしやすい環境を整えていくサポートの手厚さが売りだ。

例えば同社ではサイト内でのアクセスと応募・採用状況を解析し、レポーティングと改善提案も実施している。ユーザーの動きから見える湯沢町の単発バイトの就労ニーズについて、山本氏は「意外なことに、湯沢町外の地域の人の利用も多い」と語る。

「サイトを開設したのがコロナ禍だったこともあり、当初の予想では地域に住む主婦や観光業の従事者などコロナで働き口がなくなった人が多く登録してくれるのではないかと考えていました。しかし実際に開設してみると、意外にも登録者は新幹線の沿線沿いに住む人たちが多く、中には湯沢町外・新潟県外からの登録者もいました。

湯沢町はスキー場が数多くあり、冬はレジャー目的で多くの観光客が訪れる地域です。そのため『冬の間だけ湯沢町に住み、スキーを楽しみながらスキマ時間で働きたい』『子どものスキー合宿の同行しており、子どもが練習している間だけ働きたい』など、湯沢町ならではの就労ニーズがあることが分かってきました」

一方で2023年6月に開設された「さどマッチボックス」では、離島という立地上、登録者の7割程度が島内の住人だという。きめ細かな分析によって、各自治体に合った方針の提案が可能になっている。

多くの自治体にサービスを浸透させ、働き方の選択肢を広げていきたい

地域に対して想いを持つ人と企業が集いマッチングする場として、マッチボックスは大きな役割を果たしている。実際に利用した企業や自治体からは喜びの声が届いているという。

「マッチボックスでは1日単位で仕事をマッチングしますが、そのうち7割ほどの方はリピートで勤務してくれています。また初回勤務のときにいいなと思った方には、長期雇用の提案をしていただくことも可能です。そのため企業さんからは『継続して働いてくれる人を見つけられる』『安心して仕事を任せられる』という声をいただいています。

また自治体の方からは『サイトを作って終わりではなく、一緒に運営をしてくれる』と好評です。 月別に事業計画を立て、達成を目指して運用し、二人三脚でサイトを一緒に作り上げているからこそ、このような嬉しい声をいただけていますね」

最後に、始動から1年を越えて拡大フェーズに入っていくこの取り組みについて、山本氏に今後の展望を伺った。

「多くの自治体にとってのハローワークのような存在になることが今後の目標です。長期就業・正社員という選択肢と、短期・単発就労という選択肢が両方あれば、地域の就業機会が最大化されていくと考えます。『地域の中で働き方の選択肢を多く持てること』がとても重要なんです。企業・働き手の双方にとってよりよい社会を実現できるよう、今後も自治体との連携を強化し貢献していきたいですね。

そのためにも、まずは現在行っている新潟県内や大阪府・静岡県・熊本県の自治体での取り組みを成功まで導きたいです。特に私たちのようなデジタルを活用した取り組みは『本当に使われるのか』『失敗したらどうしよう』などといった不安が必ずついてまわります。たくさんの成功事例を作ることで『自分たちもやってみようかな』と前向きになれる自治体を少しでも増やせればと思います」

(鈴木 智華)