いま「日本のはたらく」からは悲鳴が聞こえています。リクルートキャリアが行った「働く喜び調査」によると、8割の人が「働く喜びは必要」と思っているのに、6割の人が「働く喜びを感じていない」――そんな衝撃の結果が表れています。果たして、「働く個人と企業」は、明日から“何”を見つめ“どう”活かし、高め合えばよいでしょうのか?
今回、楽天の“自由すぎるサラリーマン”仲山進也さんと、「個の尊重」を組織の力にしてきたリクルートの創業事業であるリクルートキャリアの人事担当役員・浅野和之さんとの対談が実現。その模様をレポートします。
(左)楽天株式会社
仲山考材株式会社 代表取締役/楽天株式会社 楽天大学学長
仲山 進也氏
なかやま・しんや/1973年北海道旭川生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。シャープを経て、楽天へ。初代ECコンサルタントであり、楽天市場の最古参スタッフ。2000年、出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立。楽天が20人から1万人の組織に成長するまでの経験をもとに人・チーム・企業の成長法則を体系化、社内外で「自走型人材・自走型組織」の成長を支援している。2004年、Jリーグ「ヴィッセル神戸」の経営に参画。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員(兼業自由・勤怠自由の正社員)となり、2008年には仲山考材を設立、オンライン私塾やEコマース実践コミュニティを主宰している。
(右)株式会社リクルートキャリア
人事担当役員
浅野 和之氏
あさの・かずゆき/1993年、リクルート人材センター入社。主に中途採用部門の要職を歴任。営業、企画としてMVP等受賞多数。その後リクルートエージェントにて新規事業部門長、執行役員人事部長などを経て2012年より現職。リクルートグループは2012年に事業会社を再編。リクルートキャリアは、旧リクルートHRカンパニーと旧リクルートエージェントが統合し発足。現在は「人は仕事の場を通じて成長する、人の可能性を信じる」というコンセプトのもと、様々な人事制度を実施し、起業家を多く輩出するリクルートの企業文化を構築している。
「WHY」いまなぜ、「はたらく」は息苦しいのか?
――リクルートキャリアが行った「働く喜び調査」によると、「働く喜びは必要だと思う」と回答した人が78.6%を占めるのに対し、「現在、働く喜びを実感している」と回答した人は36.1%にとどまっています。いま多くの働く人が、喜びを実感できていない背景には、何があると思いますか。
リクルートキャリア「働く喜び調査」より
仲山:賞味期限切れ。そんなキーワードが浮かんできます。具体的には、過去の成功体験やビジネスモデル、組織形態などが通用しなくなってきている。自分は同じことを続けているのに、周囲の人や顧客からの評価がいつの間にか変わっていく。それに気づけないと苦しくなります。
僕は震災後に南三陸町のお手伝いをしたのですが、そのとき印象的なシーンを目にしました。震災からしばらくして、あるお店が仮設店舗で営業を再開。町の人は「往復2時間かけて隣市まで買い出しに行かなくて済む」と、とても感謝してお店を利用していました。
しかし数カ月後に再訪問すると、ほかのお店も仮設店舗で営業を再開しはじめていました。そうすると最初のお店は、以前と同じ商品を同じように売っているのにお客さんが減ります。さらにそのお店が「選ばれている価値」は「2時間の買い物コストを解消してくれること」ではなく、「ほかのお店より近い」「安い」「店長が友達だから」のような理由に変わっているわけです。
それを見て「世の中で起こっているのってこういうことなんだな」と実感しました。自分は同じ商品を売っているつもりでも、周囲の状況が変わればお客さんが感じてくれている価値も変わる。それは当たり前のことのようで、実は自社のことになるほど気付きにくかったりします。「売れていたときの価値」の賞味期限が切れたことに気付かずに、「なぜ売れなくなったのか?」と苦しんでいる。
浅野:現代の経営環境を取り巻く状況は「VUCA(ブーカ)」と言われますよね。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)。変化が激しく、複雑化しすぎており、方程式では答えが導き出せない。何が正解かわからない中、手探り状態で前へ進み続けなければならない、そんなもやもや感が充満していると思います。
個人も企業も、わかりやすい御旗(みはた)を置きづらくなってきている。安定かつ統一した価値観が喪失した時代と言えるかもしれません。当然、従来の延長では、人事の打ち手もささらないのだと思います。
仲山:賞味期限が切れた状態のまま頑張りだけでカバーしようとすると、どんどん疲弊していってしまいますよね。
「WHO」誰が苦しんでいる?変化の中で、一番働く苦しさを感じている人は?
――変化が激しい時代にあって、もっとも「働く苦しさ」の影響を受けているのは誰なのでしょうか。リクルートワークス研究所が行った調査では、働くモチベーションと満足度の高い職種・低い職種の差が見えています。中でも、自律性(仕事の進め方への関与)やフィードバック(自身の実践の効果に関する評価)の有無が、「働く苦しさ」に影響を与えているようにも見えますが、いかがでしょうか。
リクルートワークス研究所「MPSと満足度の関係」より
仲山:組織にも賞味期限切れがあると思っていて、大きくなり過ぎた組織にいる人が苦しそうに感じます。分業化が進むほど、自社の商品やサービスを買ってくれるお客様と接点を持たずに仕事をしている人が多くなる。
さらに、関わる人数も多すぎるので、商品やサービスを開発しようにも「試行錯誤」がしづらいですよね。そもそも今の時代、新しい商品・サービスを開発するのに、そんなに大規模な組織は要らない場合が増えています。なのに、重厚長大産業の成功体験の延長として大組織のままやろうとするからうまくいかない。
一方で現場の最前線でお客さんと接している人はというと、目先の数字に追われていたり、自分では決められない要素が多すぎたりして、こちらもやはり試行錯誤はできていない。
大きすぎる組織の人は、そんなふうにどのポジションの人ももどかしさや停滞を感じているのではないでしょうか。その点では、自分で商品をつくり、自分でお客さんに届けて、フィードバックを受けて、改良して…という流れを一気通貫で、自身の範疇でできている人のほうが伸び伸び働いているし、成長しやすいのかなと思います。
浅野:組織的な観点で見ると、僕はやっぱりミドルマネジメント層が相当しんどい思いをしていると感じます。先ほど挙がったように、過去の成功体験が通用しなくなってきていて不安を感じている。しかし一方で、新しく入ってくるメンバーからは指示や回答を求められる。
さらには「ダイバーシティ(多様性)」が推進される中で、多様な価値観を持つ人や、職場によっては多様な人種を迎え入れ、それぞれの価値観を尊重しながらも「一つの方向にまとめあげながら進めてくれ」と経営サイドから要求される。また、多くのマネジメント層はプレイングマネージャーとして自らも多忙を極めている場合が多い。その上、組織全体としての「結果を出さなければならない」というプレッシャーもある。
仲山:マネジメント業務を担うようになると、お客さんとの接点の量も質も低下しがちになります。昔、自分がお客さんとやりとりしていた感覚で考えてしまうと、今の時代からずれてしまう。
こうしてマネージャーの成功体験の賞味期限が切れてしまうんですよね。すると、新しく入ってきたメンバーの中に自分で考えて行動を起こし始める人がいたとしても「(昔やったけど)そのやり方ではうまくいかないぞ」などとブレーキをかけてしまう。結果、双方が苦しくなったりします。
浅野:メンバーが始めた試行錯誤を、ミドルマネジメントが邪魔しないようにする、むしろ促進していくことが大事ですね。
「WHAT」個人?組織?何が原因? 何が「働く喜び」の低下を招いている?
――多くの人が働く喜びを感じられていない背景には、何があると思いますか。
仲山:僕が昨年出版した働き方の本で、「加・減・乗・除の4ステージ」の順で仕事ができるようになっていくという考え方を書きました。(註:加減乗除の4ステージについては後編で詳述)
その中で、仕事がつまらないという人の多くは「最初に割り算をする」という過ちを犯しているんじゃないかと思っています。つまり、仕事は自分の時間を切り売りするもので、その時間を耐えていればお金がもらえる……といったように割り切っている。これは学生時代に時給制で働く中で「うまくサボって時間をやり過ごしたほうが得」という感覚が身に付いてしまった人が多いから、ということもあるかもしれません。こうして最初に割り算してしまうと、加減乗除のステージを進めなくなる。
もう一つ、今の時代は子どもが成長する過程で常に「指示してくれる人」「導いてくれる人」がいる環境だと思います。学校の教師をはじめ、習い事や塾にも先生がいる。ゲームだって、主体的にプレイしているように見えて、実はゲーム制作者たちがいかに飽きずに楽しめるかを考え抜いて作っているので「導かれている、遊ばされている」と言えなくもない。これでは「退屈を自力で何とかする力」は付きにくいです。
僕なんかは小学生のとき、放課後に友達と集まって、皆で退屈しないように6時まで遊び切る、という毎日でした。退屈な状態をいかに夢中に変えられるか、自分たちで考えて工夫していた。仕事でもそれと同じことをやるとうまくいくと感じているので、そういう育ち方をした自分はラッキーだと思っています。
浅野:指示されて動くことに慣れると、自分で工夫する喜びを味わう以前に、指示されないと不安になってしまうんですよね。そして指示されて育った人がマネジメント側に立つと、逆に指示を出さなければ不安になる。1から10まで手取り足取り教えてあげなければ、という発想になる。それでは、メンバーの成長を見る喜びも味わえませんよね。
冒頭の調査で、「働く喜び」を実感している人の共通項には、3Cという構造があることが見えてきました。自分の持ち味を自覚している(Clear)、自分の持ち味を生かせる仕事、職場を自ら選択できている(Choice)、上司・同僚との密なコミュニケーション期待がある(Communication)の3つのCです。
指示されて動けば、自らの持ち味を自覚することも、自らの持ち味を活かせる仕事を自らが選択したという納得感や責任感も薄れてゆく。当然、周囲の上司も・同僚との期待もだんだんずれてきて、結局、働く喜びは少なくなっていくのではないでしょうか。
リクルートキャリア「働く喜び調査」より
仲山:正解がある仕事なら、正解を知っているリーダーが指示を出すほうが効率はよくなります。正解がない仕事なのに、試行錯誤を非効率と考えて自分が指示を出そうとすると、リーダーの孤立につながっていくと思います。
浅野:メンバーそれぞれが大切にしているものが異なる中で、評価基準を画一化してしまうところにも問題がありそうです。
実はリクルートキャリアでも弊害が生じたことがありました。メディアを運営するHR部門、人材紹介を行うリクルートエージェント、「SPI」を手がけるアセスメント事業部門の3組織が統合され、リクルートキャリアという会社として始動したときです。
同じリクルートならカルチャーは同じだろうと思われるでしょうが、これまで行ってきた事業の仕組みや業務プロセスはまったく異なります。例えば、メディア事業は最初にお客様から広告費をいただき、効果を最大化させるための提案に力を注ぐ。一方、エージェント事業は企業と求職者のマッチングが成約した時点で成功報酬をいただくビジネスモデルです。このビジネスプロセスの違いが、価値観の違いを生むんです。
それにも関わらず、「ビジネスプロセスはさまざまだから、結果で評価しよう」と会社が一つになったときに評価制度を一本化してしまった。すると、結果を出しやすい動きにシフトし、プロセスの中で大切にすべきことがおろそかになるという事態を招きました。
そこでエージェント事業は、再度プロセスの評価を復活。部長全員が集まって「我々がお客様に提供する価値とは」を検討するワークショップを開きました。そこで300ほどの項目が挙がり、最終的には8つくらいに絞り込んで評価制度に反映させたんです。
社会の変化に対応するために組織改革を行う場合は、評価制度が各職種・ポジションにとって適切であるのかどうかも、注視すべきポイントだと思います。
変化が激しく、過去の成功体験が通用しない、誰も正解がわからない中で、「試行錯誤ができない立場にある人」「ミドルマネジメント層」が苦しんでいる。指示を待つ習慣が身に付き主体的に動けないこと、画一的な指標で評価されることで、働く喜びを感じられなくなっている――そんな課題が浮き彫りとなりました。後編では、課題を打破する「HOW」――もっと個人と企業の関係がいきいきするにはどうすればいいかを語っていただきます。
(HRog編集部)