株式会社アドヴァンテージ
代表取締役社長
中野 尚範 氏
なかの・なおのり/大手人材派遣、チェーン店、メーカーなどへの採用支援、事業コンサルティングを行う。これまで数百回のセミナーで、全国で「採用マーケティング」を発信し媒体だけに頼らず自社採用サイトを活用した、中小企業が直接求職者を採用するしくみ「ちょくルート」を広め、導入実績は全国500 社弱にのぼる。また副業人事・採用のプロをマッチングする「採用のミカタ」サービスも開始。
新型コロナウイルスは「はたらく」のあり方を大きく変えました。リモートワークが一般的な働き方として社会に受け入れられるようになり、一部の企業では本社機能を首都圏から地方へ移転するなど、ビジネスにおける距離の壁はどんどんなくなってきています。そして地方の中にはこの状況を地域経済成長のチャンスととらえ、人材系企業とともに戦略的な経済・雇用支援に取り組んでいるところもあります。本特集では地方と人材系企業の協業プロジェクトや地方における求人動向のトレンドを取り上げながら、地方×HRの最前線を紐解きます。
今回は石川県・加賀の温泉旅館の求人サイト「KAGAルート」プロジェクト参画をはじめとして、様々な地方での採用支援に携わる株式会社アドヴァンテージの中野氏に話をうかがった。「地方採用にはまだまだチャンスが眠っている」と語る同氏に、地方採用の現状とウィズコロナの中でも生き残る地方企業の条件を聞いた。
地方企業の「採用リテラシー格差」いまだ大きく
アドヴァンテージは自社採用サイト作成サービス「ちょくルート」を軸とした採用支援事業を展開している。2017年のリリース以来、一貫して地方の中小企業をメインターゲットにしてきた同サービス。導入企業の半数以上が三大都市圏以外に本社を構える地方企業だという。
新型コロナウイルス流行前から様々な地方企業の採用の現場を見てきた中野氏は、「様々な人材系企業が人事向けのオウンドメディアやセミナーを行うようになった。しかし依然として都市部の企業と地方企業の間の採用リテラシー格差は存在しており、その差はなかなか埋まっていない」と語る。
「首都圏の企業や全国に支社・店舗を持つ大企業の採用部門では『採用マーケティング』や『採用CX』という言葉が当たり前のように飛び交っています。優秀な人材を獲得するための考え方が普及している印象です。
一方で地方企業、特に昭和から続く企業ではいまだに『地元の求人広告代理店から受けた提案をそのまま受け入れて、なんとなく採用をしている』という企業も少なくありません。組織の今後を考えて採用戦略を練っている企業はごく一部の印象です。地方企業が深刻な人手不足に陥っている理由の一つは、地方企業の採用リテラシーの低さにあるように思います」
しかし、近年ではそのような状況を変えるべく、様々な関係者が地方企業へ向けて働きかけを行っているらしい。
「国が成長戦略として掲げる『地方創生』を達成するうえでは、地方企業・地方雇用の活性化は欠かせません。そのため国や自治体も、地方企業の採用を様々な形で支援しています。
その中でも大きなターニングポイントとなったのが、2018年3月に金融庁が規制緩和を行い、銀行の人材紹介事業参入を認めたことでしょう。地元企業と強いつながりを持つ地方銀行が人材ビジネスをはじめることを奨励した結果、2021年時点で地方銀行の約7割が人材紹介に参入、積極的に企業へ働きかけを行っています」
自治体や地方銀行、民間の人材サービス提供企業などの後押しを受け、徐々に採用の知見をつけている地方企業は増えている。しかし、そのような企業はまだ少数派のようだ。
ライバルの少ない地方採用はブルーオーシャン
そのような中でも採用を成功をさせている地方企業はどのようなことに取り組んでいるのだろうか。
「採用に困っている地方企業は多いですが、『採用ターゲットを明確にして、適切なマーケティング・ブランディングを行い、自社の魅力をしっかり発信する』という、いわば採用の定石を踏んで活動している地方企業は高い確率で成功しています。
首都圏と違ってリテラシー面でのライバル企業が少ない地方。だからこそ、採用マーケティングにしっかり取り組むことができさえすれば、採用効果を出しやすいと感じています」
たとえば加賀温泉郷の旅館求人が掲載されている求人サイト「KAGAルート」ではインターン特集というページを設けており、「旅館 インターンシップ」などの検索キーワードで上位表示されるようになっている。このページをきっかけに加賀温泉郷を知り、応募してくれる人もいるようだ。
地方企業がこのような採用サイトを整備することで、どのような人から応募が来るのだろうか。
「意外に思われるかもしれませんが、採用サイトを整備した多くの企業で、地元の人から応募や反応が増えます。なぜかというと、採用サイトを整備する前は、そもそも地元の人にすら自社の存在を知られていないことが多かったからです」
中野氏によると「地元には人材がいない。だから首都圏からのU・Iターンを狙いたい」と話す地方企業の経営者は多いという。
「しかし実際のところは、決して地方に人材がいないわけではありません。もちろん少子高齢化に伴う労働人口減少は確実に起きていますが、それでも今日本には労働人口が6,500万人もあります。まだまだ人はいる、それも地元にいるのです。
きちんと取り組めば地元の応募者が増えるので、まずはそこを目指す。それにプラスして、他のエリアの人にも響くキーワードを狙って採用コンテンツを作っていくのが地方採用の取り組み方です」
ウィズコロナを生き抜く鍵は「組織作りの地盤」を固めること
新型コロナウイルスの影響を受けて、地方採用市場における求職者の動きにはどのような変化があったのだろうか。
「コロナの影響で売上が落ちた企業の中には、それをきっかけに副業を認めるところもありました。コロナ以前から副業解禁の流れはありましたが、コロナ禍でそれが加速、『メインの仕事もやりつつ副業で取り組みたい』という候補者の方のお問合せが増えました。一方で、副業社員の受け入れ体制ができている企業はまだ少ないです」
「実はコロナ以前の地方採用の課題の一つに『面接』がありました。地方企業の多くはオンライン採用に対応していなかったため、面接のために来社してもらう必要があり、それが採用のハードルになっていました。コロナ以降は『まずはZoomでお話しましょう』という体制を作れる企業が増えたため、海外含む様々なエリアからの応募のハードルが下がりました」
「また①、②と比較すると母数は小さいのですが、移住希望者はやはり増えています。地方でも仕事ができると踏んでいる、リテラシーの高いアーリーアダプターの人たちが動いている印象です」
新型コロナウイルスによる求職者の変化は、地方採用の追い風となっている面が大きいようだ。しかしこれらの求職者の変化に対して、多くの企業側はまだ対応できていないのが現状らしい。
「一部の感度の高い地方企業の経営者の方は、コロナをきっかけに副業社員や業務委託人材といった人たちを受け入れはじめました。また別エリアに居住する人を採用してリモートワークで働いてもらう対応をしようとする企業もあります。
一方で大半の企業は依然として『正社員・出社前提・ピラミッド型』という旧来型の組織を前提として採用に取り組まれています。そのような企業は、『様々な働き方・リモートワーク・プロジェクト型』といった柔軟な働き方を志向する組織と比較すると、やはり今後は求職者に選ばれにくくなってしまうでしょう」
一見すると、柔軟な組織作りに取り組む企業のほうが採用が上手く行きそうに見える。しかし中野氏は「安易に副業人材やリモートワーク人材を採用すると、長期的には失敗してしまう可能性がある」と警鐘を鳴らしている。
「『副業OK』『フルリモートワーク可』という条件で求人を出せば、短期的な応募・採用だけで言えば上手く行くでしょう。しかし採用が充足することと、採用した人がきちんと定着し、活躍してくれることはまったくの別問題。受け入れやコミュニケーションが上手く行かず、すぐ離職してしまうという悲劇も十分に起こりえます」
だからこそ、地方企業が今取り組むべきは、社員に活躍してもらうための本質的な組織作りだという。
「社員に企業理念や行動指針をいかに浸透させるか、コミュニケーションや教育体制を整備できているか、人事評価や給与体系はどうするか…。これらがきちんと整備されてはじめて、優秀な人材が活躍できます」
コロナ禍で働き方を取り巻く状況が大きく変わった今、旧来型の組織を志向するか、それとも柔軟な組織を志向するかという二者択一で組織作りを考えがちだ。しかし、どちらの組織を志向するにせよ重要なのは『組織作りの原則』。そこがしっかりしている会社は今後も生き残るだろう。
「私自身も地方で採用ノウハウをお伝えするセミナーをたくさん行っていますが、まだまだ情報格差があると感じています。今後も地方自治体や銀行、商工会議所など様々な関係者と連携しながら、情報格差を少しでも解消できるように地方の経営者さんへ情報発信をしていきたいと思います。またそのようなノウハウが足らない場合は、それこそ経験豊富な副業可能な人事・採用のプロを最初に活用するのも手だと思います」