需要高まるデジタルセールス人材 200人を育ててきたエムエム総研の取り組み

株式会社エムエム総研
取締役
米田 光雄 氏
よねだ・みつお/1985年、島根県生まれ。同社のアルバイトからキャリアをスタートし2011年に正社員入社。国内大手企業や外資系企業を中心にセールス、マーケティング領域の支援に数多く携わる。2017年より同社アカデミーの責任者兼講師として人材の発掘、育成に取り組んでおり、育成実績は200名を超える。

webでの顧客接点の増加やリモートワークの広がりといった背景から、インサイドセールス人材の需要が高まっている。しかし、日本のビジネス環境では長年フィールドセールスによる対面営業が主流だったため、採用市場にはインサイドセールスの体制構築や人材育成ができる人が少ないのが実情だ。今回はデジタルを活用したセールススキルを学べる「エムエム デジタルセールス・アカデミー」を運営するエムエム総研の米田氏に、日本におけるデジタルマーケティング/デジタルセールス人材の実情と育成の取り組みについて話を聞いた。

欧米から遅れをとる日本の営業組織のデジタル化 

インサイドセールスは1990年代に生まれ、発展してきた営業手法だ。アメリカをはじめとする諸外国では顧客との初接触から受注後の対応までを、マーケティング・インサイドセールス・セールス・ カスタマーサクセスの分業体制で行うことが一般的な体制として定着している。

一方で、日本企業ではこれまで一人の営業担当が初回訪問から受注、場合によっては受注後の顧客対応までを一気通貫で行うスタイルが主流だった。米田氏は、現代の日本社会は「昭和の『一人の営業担当が全ての業務を対応する』営業手法が通用しない時代になってきている」と指摘する。

「理由の一つには人口減少があります。企業へ足繁く訪問し、関係性を築きながら受注する営業体制の下で継続的に売上を上げるためには、営業担当の人数を増やすことが必須です。しかし少子高齢化で働き手の人数が物理的に減る中、そのような営業の仕組みは徐々に限界が訪れています。

また、顧客の購買行動がデジタル化していることも見逃せない変化です。インターネットが普及していなかった頃は、営業担当からもらう資料や口頭の商品説明しか、購入を検討するための情報がありませんでした。しかし今ではtoC/toB問わず、商品を検討する際にwebで情報収集し意思決定をします。訪問営業だけでは成果が出なくなっている今、多くの企業が営業の手法を根本的に変える必要性に迫られている状況です」

そのような背景の元、大企業やSaaS系企業を中心に、分業型の営業組織へ移行する企業は増えている。加えてコロナ禍によってリモート営業が活発になったことが、この転換のタイミングを早めた。それに伴って、デジタルに明るいセールス人材の需要が増加しているという。

「インサイドセールスやカスタマーサクセスなど、デジタルを活用して顧客とコミュニケーションをとる職種を私たちは『デジタルセールス』と定義しています。doda(デューダ)の調査によると、デジタルセールス人材の求人数は2019年から2022年の3年間で約12倍となりました。企業の組織改革に伴い、デジタルセールス人材のニーズが高まっていることが窺えます」

デジタルセールス・アカデミーで営業DXとキャリア支援

そんな中、エムエム総研は現在「エムエム デジタルセールス・アカデミー」でデジタルセールス人材の育成に取り組んでいる。社員向けの「Agent Program」と一般向けの2種類を提供しており、デジタルセールス領域に特化した専門知識やスキルを教えているのが特徴だ。

「デジタルセールス・アカデミー創設のきっかけは、2017年に立ち上げた『営業DXコンサルティング事業』という新規事業です。エムエム総研では20年近く外資系クライアントのセールス・マーケティングのご支援をしていたこともあり、他の企業に先行してデジタルセールスの知見を蓄積できていました。営業DXコンサルティング事業ではこの知見を活かし、日本企業向けにセールス・マーケティング支援を行っています。

そこで感じたのが、デジタルセールスのニーズは増していく一方で、市場にはデジタルセールスの経験者がほとんどおらず、各社採用に苦戦するであろうということです。そこで『デジタルセールス・アカデミー』を開設。未経験者を採用してトレーニングを2ヶ月間行い、デジタルセールス人材を育成して企業を支援する仕組みを作りました」

これまでのべ200名以上が入社しトレーニングを受け、デジタルセールス人材として活躍している。また、デジタルセールス・アカデミーの特徴の一つに、カリキュラム受講後に受講者のキャリアの選択肢が大きく広がることがある。

「受講者がトレーニングを終えた後のファーストステップでは、エムエム総研の社員としてクライアント先のインサイドセールス業務に携わってもらいます。

その後はそのままエムエム総研でキャリアアップを目指すのもよし、クライアント企業からオファーがあれば転籍するもよし、弊社の転職エージェントサービスを使って転職するもよしと、さまざまな選択肢を提供しています。受講者の多くは未経験のため、まずはエムエム総研でしっかり経験を積んだ後に、本人のキャリア選択を支援する仕組みを整えていますね」

さらに2021年4月には、社員向けに提供していた一連のカリキュラムを一般の求職者も無償で受けられるよう取り組みを開始した。その背景には、コロナ禍をきっかけに失業してしまった人たちへのセカンドキャリア支援があるという。

「飲食業や観光業従事者の方など、仕事が急になくなってしまうリスクを目の前にして『これからのキャリアにつながる何かを学びたい』と考える方が多くいました。そんな人たちへ向けて何か機会を提供できないかと思い、カリキュラムを無償開放しています。

この取り組みに共感してくれる企業さんも多く、株式会社セールスフォース・ジャパンや株式会社ベーシックをはじめ、いろいろな企業にパートナーとしてご協力いただいています。ニーズに対し人材が足りていないデジタルセールス職に、興味を持ってくれる人たちをいかに増やしていくかが重要ですから、今は投資的な側面が大きいですね」

経験者にこだわらず、未経験者を活かす組織づくりを

最後に、エムエム総研として今後取り組みたいことについて話を聞いた。

「まずは、デジタルセールス・アカデミーのことを多くの方に知ってもらい、キャリアチェンジを叶えたい人たちの選択肢を増やすことに引き続き貢献していきたいです。

また2023年の4月から新たに、新卒社員向けにもデジタルセールス・アカデミーを展開しようと考えています。中途社員向けのカリキュラムと同様、3ヶ月かけてビジネスマナーの基礎からトレーニングを積んでもらい、クライアントである大手企業やSaaS 企業で学んだことを実践してもらう予定です。その中で自分なりの理想のキャリアが固まった後は、クライアント企業への転籍や転職を含めたキャリアの実現までを支援します」

このようなチャレンジを行う背景には、デジタルセールス人材を世に多く輩出するとともに、日本のファーストキャリア選びにおける課題を解決したいという思いがあるという。

「現在の新卒採用は、企業と学生の間で情報の非対称性が大きく、また一度入社したらその会社に居続けるか、退職するかしか選択肢がありません。また、あまりにも短い就活期間の中で、目の前のキャリアがベストなものなのか判断するのは非常に難しいと考えています。

この活動を通して、新卒として入社した後でもキャリアを自由に選択できるんだ・選択していいんだということを伝えられればと思います」

今後、労働人口の減少と購買行動のデジタル化が加速することが予想される中、デジタルセールス人材はなくてはならない存在になるだろう。エムエム総研ではデジタルセールス人材の育成に力を入れているものの、「まだまだ人材市場には人材の供給が足りない」と米田氏は言及する。

「リスキリングや学び直しといったキーワードがもうすでにトレンドになっているように、私たちのような教育・研修事業を行う会社はますます求められるようになるでしょう。またこれらの動きが活性化するとともに、職種を越えた人材の移動も増加します。

現在『即戦力になるから』という理由で経験者のみに絞って採用活動を行う企業は少なくありませんが、これからは経験者にこだわり続けてしまう企業ほど採用が厳しくなるでしょう。リスキリング・学び直しの潮流が大きなものになっている今だからこそ、採用企業は未経験者を活かす仕組みを構築することにぜひ目を向けてほしいです」

(鈴木智華)