店舗スタッフがキャリアを諦めなくていい世の中に。定着に繋がる「売上最大化→還元」のしくみとは?

株式会社バニッシュ・スタンダード
CXO/取締役
大貫 BOB 隆之 氏
おおぬき・ボブ・たかゆき/1989年茨城県生まれ。2012年グリー株式会社にてソーシャルゲームの開発やディレクションに従事。その後、株式会社VASILY(現株式会社ZOZOテクノロジーズ)にてクローラーやアフィリエイトシステム等を開発。アパレルブランドのEC開発、フリーランスを経て2016年バニッシュ・スタンダードに参画。開発責任者としてUI/UX設計から開発までを行い、2018年取締役CPOに就任。2022年より現職。

労働人口の減少により様々な業界で人手不足が深刻化する昨今、小売業などにおける店舗スタッフの不足が問題となっている。株式会社バニッシュ・スタンダードは、店舗スタッフをDX化しECサイトでのオンライン接客を可能にするサービス「STAFF START」を運営している。今回は同社の取締役である大貫氏に、店舗スタッフの人手不足の現状と原因、それを根本から解決するために必要なことについて伺った。

店舗スタッフの人手不足 背景にあるのは賃金が上がらない構造上の課題

WWD JAPANが2023年に行った「アパレル小売企業を対象としたアンケート」によると、アパレル企業の82.7%が販売員の不足感を感じている。小売業界の様々なクライアントと関わっている大貫氏も、人手不足で悩む現場の声を頻繁に耳にするという。

「皆さんが口を揃えて言うのが『人が採れない』です。これまでも販売員の人手不足は度々問題となっていましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大を期に事態がより深刻化しています。外出自粛の影響で休業した際に人が離れてしまっただけでなく、業界の将来性への不安が高まり新しい人も入って来なくなってしまったんです。パンデミックが落ち着いて営業が再開した今、離れた人は戻ってこず、未だかつてないほどに不足感が増しています」

また離職率の高さも大きな問題となっている。厚生労働省が2021年10月に発表した「新規学卒就職者の離職状況」によると、2020年度の小売業の3年以内離職率は高卒で47.8%、大卒で37.4%であった。どちらも全体平均を大幅に上回る数字である。人が定着しない要因の一つとして考えられるのが待遇面の問題だ。

「そもそも業界全体として給与水準が低く、個々人の努力では給与が上がりづらいのが特徴です。これは販売の構造上、成果によって時給や給料が上がる評価制度を設けにくいことに原因があります。その上、立ち仕事で拘束時間も長いなど労働環境は過酷です。若い頃は問題なく働けていても、ライフステージが変わると仕事を続けるのが厳しくなってしまいます。

例えばアパレルには元々華やかなイメージがありますし、資格がなくても働けるので、そのブランドや業界が大好きだという気持ち一つで人が入りやすい業界でした。しかし実際に働いてみると、賃金の低さやそれに見合わない労働の大変さにギャップを感じてどんどん人が辞めてしまうんですね。これは根本的に給与や評価のしくみが変わらないと解決されない問題です」

店舗を回すスタッフが満足に揃わない状態になると、少ない人数で対応しなくてはいけなくなる。結果、一人あたりの負担がどんどん大きくなり、さらに離職に繋がる悪循環が生まれている。

「元々販売職には不定休や立ち仕事などの大変さがありましたが、最近ではそれに加えてスタッフの減少による負担が増えていると言います。人手不足のせいで昔よりも少人数で対応しなくてはいけないケースも稀ではありません。

またECサイトなどの拡大を受けて、対応しなければいけない仕事の幅も広がっています。例えばECサイトから実店舗の在庫確認や取り置きができるサービスが生まれて、その対応業務が増えました。また、SNSでの集客やECサイトへのコーディネート投稿なども必須になってきており、どんどん販売員に求められる実務の範囲が広がっています。問題なのは、仕事が増えてもそれが評価につながっていない点です」

販売職はブランドや商品に対する情熱や、職業自体への憧れをもって入ってくる人が多い業界だ。しかしこうした負担の大きい環境やキャリアへの不安感から、好きな気持ちだけでは仕事を続けられなくなってしまうのが現状だ。

「現場のスタッフさんのお話を聞いていると、やりがいを持って仕事をしているのが伝わってきます。皆さんが口々にするのは『このまま販売員を続けたい』『ブランドのことをお客様に伝えるのが楽しい』など、販売員の仕事やブランドに対する『好き』の気持ちです。

しかし同時に、賃金が低く評価もされない中で、多くの店舗スタッフさんが将来に不安を抱いています。『給与・体力的にずっとこの仕事を続けていられるのだろうか』や『ここで働き続けて成長できるのか。自分にはキャリアの選択肢として何が残るのか』などキャリアパスの不明確さに悩み、諦めてしまう人が後を絶ちません」

スタッフの力で利益を最大化し還元するSTAFF START

こうした課題を解決するには、賃金構造や評価のしくみを根本から変える必要がある。同社が運営する「STAFF START」は、店舗スタッフのECサイトやSNS上での接客を可能にするスタッフDXツールだ。

導入によって、スタッフがECサイトにコーディネートを投稿したり、スタッフ個人からメッセージでお知らせを送ったりできるようになる。販売員の持つスキルをオンライン上にまで広げられるため、売上の最大化が期待できる。また、売り上げた経路が計測されるようになっており、各スタッフの成果が可視化されて適切な評価に繋がる仕組みとなっている。

同サービスでは、販売だけでなく小売業の利益を左右する在庫量の管理において、スタッフの力を最大限に生かしている。

「ECサイトにおいても実店舗においても、在庫が溜まったものはセールにかけられ、最終的には利益を生み出さないまま破棄されてしまうため、どれだけ在庫を無くせるかが利益を上げる肝になってきます。在庫を無くすには、適切な生産・仕入れ量の調整と、スタッフの力を活かした販促の2つのアプローチが効果的です。

まず仕入れ量の調整をするには、需要の適切な予測が必要です。需要の予測は、過去の販売データや生産側の感覚値をもとに行うことが多いと思いますが、我々はスタッフさんの力を借りるのが有効的だと考えています。スタッフさんは現場で実際にお客さんと話し、近くで商品が売れるのを見ているため、リアルな人気や売れ行きを把握してるからです。そこでSTAFF STARTでは、どの商品が売れそうでどの商品の在庫を減らしたほうがいいかなどの情報を、スタッフさんと生産側が共有できる『バイヤー機能』を開発しました。スタッフさんの力でものをつくる段階から最適化する試みです。

また在庫を減らすには、スタッフの力を活かした販促も効果的です。ブランドからの発信だけでは売れなかった商品でも、スタッフさんのコーディネート能力や商品の魅力を伝える力によって人気が出るケースもあります。そこでSTAFF STARTでは、在庫の量や売れ行きによってスコアをつけ、スコアによって報酬率を変化させることが可能です。これにより、売れにくい商品にも投稿を促す仕組みをつくっています。

ECやSNSの広がる現代では、スタッフさんの影響力は高まっており、SNSなどを通して販売員がスター化する動きが出てきています。STAFF START経由で月に1億3000万円を売ったスタッフさんもいて、リアル店舗では100万円でも達成が難しいことを考えると目を見張る数字です。オンライン接客の拡大により、まさに『令和のカリスマ店員』の時代が来ていると言えます。スタッフさんの持っているポテンシャルをどれだけ活かせるかが売上アップのカギになってくるでしょう」

また導入していただいた多くの企業で、売上の一部のインセンティブ付与をはじめとした評価としてスタッフに還元している。多くの企業がインセンティブを取り入れているのは、スタッフの生産性の向上や定着のために「EX」の向上が必要だからだという。

「EXとはエンプロイーエクスペリエンスの略称で、従業員体験を意味し、エンゲージメント向上に関わる重要な要素です。ECサイトなどで自分の投稿から物が売れたとき、スタッフさんは達成感を感じるかもしれません。しかし、長期的にはそれがきちんと評価に繋がっていないとモチベーションが下がってしまうし、仕事を続けていくのが難しいと思うんです。

私たちが一番こだわっているのは、成果の可視化と、それに見合った報酬の還元です。ECサイトやSNSへの投稿から商品が購入されたら、どのスタッフさんの投稿からどれくらい売れたのかがきちんと可視化されるようになっています。また、店舗で商品を見ていたけどその場では購入に至らなかったお客さんにはQRコードを渡せるようにもなっていて、そこから商品が購入された場合もきちんと販売成果として計測されます。その人の頑張りで売れたものは全て記録されていて、そこからどれくらい報酬を還元するかは各企業様が決められる仕組みです。

企業各社でも報酬の還元の重要性への理解は高まってきており、最大ではSNS経由の売上の10%をスタッフに還元している企業様もあります。スタッフさんからも『こんなサービスを作ってくれてありがとう』と嬉しいお声を頂いていて、貴重な人材の定着にも寄与できていると感じています」

EXへの取り組みは採用にも効果がある。リクルートページにこうした評価制度を明確に記載した企業では、応募数が増加して新規スタッフ獲得に成功した例もあるという。スタッフが安心して働ける仕組みづくりが、これからの採用では重要になっていくと大貫氏は語る。

好きなものを諦めずキャリアにできる世の中に

「好きを、諦めなくていい世の中を。」をサービスビジョンに掲げるSTAFF START。その思いはサービスを始めた当初からずっと変わっていない。

「誇りをもって働いている人達が、お金や社会のルールを理由に好きなものをやめなければいけない世の中はつまらないし、次世代のためになりません。私たちはそんな世の中を構造から変えたい、そんな思いでサービスを構築してきました。

これからは、スタッフさんが安心して働き続けられるよう、多様な働き方を推進していきます。販売職は働き方の改革がまだまだ進んでいない領域です。そのため出産や子育てを経て不定休の立ち仕事に戻るのが難しくなり、キャリアを諦めてしまう人が多い現実があります。しかし、例えばオンラインで家から接客できる、時短で勤務できるなど、他の選択肢があったら諦めずに続けていける人が増えるのではないでしょうか。一人一人の置かれた事情に応じた、柔軟な働き方を選択できる世の中にしていきたいです」

同社は、これまでアパレルなどの小売業を中心にサービスを展開してきたが、今後はさらに様々な業界に挑戦していきたいという。

「保育や福祉の領域にもサービスを広げていく予定です。保育や福祉は社会的に必要不可欠な業界でありながら、小売業と同じように賃金が低くて人が定着しない構造上の問題があります。これまでに培った知見を活かして、より多くの業界で問題解決に貢献していきたいです」