今回の記事は、公認会計士 眞山 徳人氏により寄稿いただきました。
眞山氏は公認会計士として各種コンサルティング業務を行う傍ら、書籍やコラム等を通じ、会計やビジネスの世界を分かりやすく紐解いて解説することを信条とした活動をされています。
眞山氏の著書、「江戸商人・勘助と学ぶ 一番やさしい儲けと会計の基本」では、難解な会計の世界を分かりやすく解説しています。
少し前に、パソナグループ2016年5月期第3四半期の決算分析を行い、人材派遣業界のマーケットの動向を予測しました。
その後、2016年5月12日、エン・ジャパングループも2016年3月期の決算発表を行い、翌日にはリブセンス、テンプスタッフ、リクルートなどの企業も決算発表を行っています。
次々と明らかになる人材派遣業界の業績を見比べながら、人材業界の今後のことをより詳しく考えてみようと思います。「人材業界これから」と題して、今回は第2回目、エン・ジャパングループを取り上げます。
まずは、どんな事業があるかを知ろう
パソナと同様、現時点でエン・ジャパンが営んでいる事業をまずは把握します。
- 採用事業
- 教育・評価事業
パソナグループが人材派遣をはじめ、「ヒト」に関するサービスを幅広く展開しているのに対して、エン・ジャパンの事業は採用事業と、教育・評価事業の2つ。かなりシンプルに見えます。
もっとも、採用事業をじっくり見ていくと、「エン派遣」のような派遣サービスも行っており、採用事業の中にいろいろな要素が含まれていることがうかがえます。
一方で、教育・評価事業は252億円もの売上を計上している採用事業に比べると事業規模が小さめ(売上9億円)です。あくまでも採用事業がメインの企業、ということが言えます。
分析の「ゴール」を設定する
前回のパソナグループの場合は多角化が進んでいたため、各事業の収益性・成長性を並べてみることでいろいろなことが見えてきましたが、エン・ジャパンの場合は上述の通り事業が非常にシンプルであるため、一つの事業をじっくり分析するほうがよさそうです。
そこで、今回はこのような切り口で分析をしてみましょう。
- 採用事業全体の業績の定点観測を行う
- 採用事業を細分化し、それぞれのサービスの推移を比較する
バブルチャートで事業のライフサイクルを推測する
前回の記事でも紹介した、事業のライフサイクルに、エン・ジャパンの採用事業を当てはめてみたいと思います。復習を兼ねて、事業のライフサイクルの解説を再掲します。
前回のパソナグループの記事では同一期間における複数の事業を一つのバブルチャートに表現して比較しましたが、今回は「採用事業」という一つの事業だけを見る代わりに、過去5年間の比較を行うようにしてみます。
バブルチャートを時系列で並べる
「バブルチャート」では、1つのグラフ平面に3つの要素を並べています。
縦軸…各事業の営業利益率=どれくらい効率よく儲けたか
横軸…各事業の成長率=どれくらい売上を伸ばしたか
円の大きさ…売上高=どれくらい売り上げたか
2012年3月期から2016年3月期のデータをこのように並べると、収益性・成長性・売上規模の推移が見て取れます。矢印で推移がわかるようにしておくと見やすくなります。
上記のグラフを見ると、5期間を通して「成長性」はプラス推移を続けているため、売り上げ規模を示す円の大きさが、年々大きくなっています。また、営業利益率も19%以上を推移しており、非常に収益性も高く、しかもそれが長期的に持続していることがわかります。
事業のライフサイクルに当てはめると、間違いなく「成長期」に属する事業とみてよさそうです。
しかし、一方で疑問が残ります。なぜ、エン・ジャパンの業績はこんなに順調なのか。それをより深く理解するため、今度は事業をさらに細分化してみようと思います。
いろいろなサービスが始まったり、広がったり、終わったり
エン・ジャパンの公表している決算説明資料によると、採用事業は以下のように細分化されています。
- エン転職(求人広告)
- その他求人サイト(人材紹介会社、派遣会社向けサイト)
- エンワールド・ジャパン(人材紹介)
- 新卒採用関連
- 海外子会社
- その他
これらの売上の推移を積み上げグラフにして表現すると、このようになります。なお、この棒グラフは四半期(3カ月)ごとの推移をとっています。このほうがサービスの開始時期や終了時期が細かく把握できるためです。
3カ月くらいの比較的細かい期間で業績推移を見ると、多くの場合、業績は「右肩上がり」で順調に伸びていくというよりは、ある時に業績が一段階上に行く「階段状」の推移をするものです。これは、新しい製品やサービスが発売・リリースされることにより、既存の業績にそれらの売上がプラスされていくためです。
エン・ジャパンの採用事業で起こったいろいろなイベントをグラフの上にプロットすると、そのことがよくわかると思います。
また、こういったグラフをじっくり見ると、業績の拡大・縮小が「一時的なもの」なのか「持続的なもの」なのかも判断できるようになります。2013年12月に業績が向上したのは、新卒採用の影響です。グラフの黄色の部分が膨らんでいることから読み取れます。
実はこれは当時の採用のタイミングがこの時期に集中していたからで、ほかの四半期ではこれほどの売上が上がることはありません。
業績変動にはこのような一時的なもの、季節的なものが含まれるということを知っておくと、ワンランク上の分析をすることができます。
差別化戦略で高利益率を確保
前回のパソナグループでは、人材派遣という業界全体が競争激化しており、利益率を高めるためにはいろいろな周辺事業への投資を検討しなければならない、という結論を出しました。
一方で、エン・ジャパンは採用事業という中核の事業をしっかりと維持し、その中で女性向けのサービスやスマホアプリを用いたサービスなど、時代のニーズをとらえた差別化をいち早く行うことで、成長性と高い利益率をたたき出しているように読み取れます。
もちろん消費者(求職者)目線に立てば、このようなサービスの向上は喜ばしいことです。これからもエン・ジャパンのような新しい観点からのサービスが増えていくことが、業界全体でも期待できるように思います。
前回の、パソナグループの決算分析はこちら!
▶パソナグループの決算から見る、人材派遣業のこれから