ランスタッドが日本のD&Iを変えていく CEO自ら先頭に立つ取り組みとは

ランスタッド株式会社
代表取締役会長兼CEO
Paul Dupuis 氏
ポール・デュプイ/2013年9月にランスタッド・ジャパンに入社。プロフェッショナル事業部を統括し、2014年7月には同社役員に就任。2017年5月よりランスタッド・インドのMD兼CEOを務めた後、2021年7月より現職。日本を含めたアジア地域で25年以上の経験を持ち日本語も流暢に話す。1968年、カナダ生まれ。

(右)人事本部 人事戦略企画/ダイバーシティ&インクルージョン マネージャー
村松 栄子 氏
むらまつ えいこ/日系企業で人事業務全般を経験後、外資系企業でダイバーシティ&インクルージョンと社内風土改革を担当。2020年5月ランスタッド入社。女性活躍推進や性的マイノリティのインクルージョンに取り組む。

「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」という言葉をご存じだろうか。「一人ひとりの多様性を受け入れ、活かすこと」を指し、近年世界中でその重要性が注目されている概念だ。日本でもD&Iを推進する取り組みが行われているものの、欧米などと比較すると浸透が遅いのが現状だ。

今回はオランダに本拠を置き、世界38カ国に進出する総合人材サービス会社・ランスタッドグループの日本事業を統括する、ランスタッド株式会社の代表取締役会長兼CEOであるポール氏と、同じくダイバーシティ&インクルージョンマネージャーの村松氏にインタビュー。ランスタッドジャパンにおけるD&I推進の取り組みや、会社全体を変えていくために重要なポイントについて話を聞いた。

日本企業でD&Iの取り組みが進まない理由は「リーダー」にある

ダイバーシティとは直訳すると「多様性」。分かりやすい例として国籍や性別、宗教の違いなどが挙げられるが、「多様性」が指すものはそれだけではない。同じ共同体に属する人でも、育った環境や生まれ持った性格、価値観の違いなどが必ずあり、多様性はこれら全てを指している。

そしてインクルージョンは「受け入れて活かすこと」を示す。ただ多様な人間がいるだけではなく、その違いを受け入れて活かすことが重要だという。

ポール「最近では『Equity(公平)』を合わせてDE&Iとも言います。年齢や性別、人種などに関係なくみんなの声が平等に扱われ、誰もが自分の意見を言える環境があるからこそ、多様な人たちがそれぞれの実力を発揮できます。

このD&I概念の浸透度合いは、やはり文化の違いによって差があります。例えばランスタッドが本拠を置くオランダではLGBTQに関してオープンで、それはオランダの歴史や文化と紐づいています。日本は最近少しずつオープンになりつつありますが、どちらかと言えばまだクローズです。他のアジアの国にも同じような傾向があります」

女性活躍に関する実態も同様だ。2010年にはイギリスで「30% Club(サーティーパーセント クラブ)」が発足した。これは企業の女性役員比率を2020年までに30%にすることを目標としたもので、実際にイギリスでは2018年にこの目標を達成している。

日本では2019年5月に「30% Club Japan」が発足し、2030年までに女性役員比率を30%にすることを目標に掲げた。しかし2021年時点で日本の上場企業の女性役員数はいまだ7.4%と低く、世界と比較してかなり遅れているのが現状だ。

ポール「D&Iに取り組めている企業とそうでない企業の大きな違いは、トップリーダーが古い考えか、それとも将来を見据えたFuture Readyの考え方にあります。社風はリーダーが決めるものですから、リーダーの考え方は企業のあり方を大きく左右します。

日本は文化的に、年齢が高い男性が企業のトップであることが多いです。これが日本でD&Iがなかなか浸透しない原因の一つでしょう。年齢が上がるほど自身の感覚と世間の感覚が離れてしまい、別世界の話のように感じてしまうためです。しかし、先程述べたように企業文化を作っていくのはリーダーです。これからの時代についていくためにはリーダーが古い考えをアップデートし、自ら社内に広めていく必要があります」

トップがD&Iのメッセージを繰り返し発信し続けることが何より重要

多様性を受け入れ、全ての人が活躍できる土壌を作るには何よりトップからの発信が大切だという。ランスタッドジャパンでは実際に、CEOであるポール氏が率先してD&Iに関わる施策に取り組んでいる。

村松「ランスタッドグループでは、グループのトップだけでなく、各グループ会社のトップ、さらに各部署のトップなど、各リーダーがメッセージを繰り返し発することでD&Iの重要性を隅々まで伝えていくことを大事にしています。一回言ったきりだとそのまま忘れられてしまうので、繰り返しの発信が重要です。

取り組み例をお話しますと、まず女性活躍の面では、ジェンダーのD&Iを自分たちで推進していこうという社員同士のネットワーキンググループがあります。そのグループでは女性のキャリアに関する社内イベントなどを開催しているのですが、そこでもポールがオープニング挨拶を行い、繰り返しメッセージを発信しています。

 またLGBTQに関しては、LGBTQアライズと呼ばれるサポーターのグループがあります。定期的にランチやオンラインセッションを開催し、アウティングやハラスメントなどをテーマにLGBTQに関する理解を深める取り組みをしています。最近ではこのグループにおいて、『当事者がカミングアウトしたいと思える雰囲気になってきている』と感じる方が増えているようです。トップが何度もメッセージを発している事が一つ大きな要因となっているのではないでしょうか」

ポール氏はスピーチだけではなく、日頃の振る舞いからもメッセージを伝えている。例えばポール氏のパソコンには先述のLGBTQアライズグループのステッカーが貼ってある。小さなことに思えるが、想像以上にみんなこのシールを見ているのだという。

ポール「今私はミッション100という取り組みを行っています。社員と2人きりで話をする、それを100人と行うことを目標としているのですが、先日とある男性社員とランチに行きました。そこで彼が私にカミングアウトしてくれたんです。カミングアウトする相手によっては不利益な扱いを受けたり、キャリアに影響が出たりするかもしれない。とても勇気がいることです。それでも彼は私のことを信用して打ち明けてくれました。そのことに感激しましたし、日々の取り組み・発信が実を結んだと感じています」

村松「当事者の方々は『カミングアウトによって何かネガティブなことが起こるんじゃないか』という不安を常に抱えています。だからこそマジョリティ側が『私は理解します、受け止めます』というメッセージをきちんと表に出さないと、やはりカミングアウトしてもらうことは難しいんです。心で思うだけではいけません。それこそポールのように、繰り返し自分の考えを話したりステッカーを貼ったりすることで、カミングアウトしてもネガティブなことは起こらないんだと信じてもらえれば、当事者の不安が解消できます。

現状の日本ではカミングアウトしないのがデフォルトになっているので、当事者の存在が見えにくいです。したがって『当事者がここにはいないから対応しなくてもいいよね』となりがちなのですが、いるかもしれないという前提でカミングアウトできる職場を作ることが、経営者や人事の仕事だと思います」

ポール「ただ、全て打ち明けるべきだとは考えていません。大切なのはみんなが本当の自分で居られることです。カミングアウトしてもいいし、しなくてもいい。本人が自由に選べる環境を作るのがリーダーの大切な責任ですね」

人材業界のリーダーとして、ランスタッドが目指すこれからのD&I

D&Iへの取り組みが実を結び始めたランスタッドだが、まだまだ発展途上だという。リーダーからの発信に関しても、CEOの取り組みだけではまだ不十分だ。

ポール「私がCEOとして発信をしていく中で、職場全体に浸透させるにはやはり中間管理職の意識も変える必要があると感じています。まずはリーダー同士がこういう話題をオープンに話したり、口に出したりできるようになるべきです。しかしこのような発信が苦手なリーダーも世の中には沢山います。誰もが自然に話せるようにはならないので、ランスタッド社内でも管理職を対象としたトレーニングを考えています」

村松「また、本社と地方支部の差もあります。本社の開放的なオフィスで働いていてCEOと直接関わる機会が多ければ、D&Iが進んでいる会社で働いているという意識を強く持てますが、地方では実感しづらい面があると感じます。そこで最近では、オンラインでイベントやトレーニングに参加していただける機会を増やしています」

派遣社員や派遣先企業にもD&Iを広めたい

ランスタッドの取り組みは社内向けに留まらない。世界有数の人材会社として、関わる派遣社員や派遣先企業にもD&Iの取り組みを広げていく予定だ。

村松「派遣社員の方々が働いているクライアント企業も、ある意味では私たちが用意した職場だと考えています。だからこそ、例えば人事の方を通じてクライアント企業のD&Iを推進していければ、派遣社員の方が働きやすい環境を提供できますし、社会全体へのインパクトも大きなものになると思います。また当社は『Business for Marriage Equality』や『EqualityActJapan』の賛同企業でもあります。キャンペーンへの賛同という形で社会に働きかけていくことも、人材会社としてのミッションだと考えています。

派遣社員の方に向けたイベントなども開催していきたいですね。イベントに参加した派遣社員の方が派遣先のクライアント企業でランスタッドの取り組みについて話すことで、クライアント企業にも興味を持っていただくことに繋がり、取り組みを紹介する機会となれば嬉しいです」

ポール「コロナ禍の影響でバーチャルでの集まりが一般的になり、派遣社員や派遣企業向けのイベントも実現しやすくなりました。まだ手探りで模索中の取り組みではありますが、クライアント企業からは非常に喜んでいただけます。クライアント企業にとっても派遣社員は大事だから、一緒にD&Iを学びたいと考えているんですね。我々はそれを後押ししたいのです。

現在ランスタッドジャパンが取引している企業は5000社以上です。業界、エリア、企業の規模もさまざまな幅広い会社と繋がりがあり、これはD&Iを広めていくチャンスだと感じています。こうした取り組みはビジネスとは関係なく、どんどんやっていければと思います」