日本は本当に人手不足なのか 生産性の低さと雇用の仕組みが生む『人が集まらない』構造

シングラー株式会社
代表取締役CEO/Founder
熊谷 豪 氏
くまがい・ごう/明治大学卒業後、ベンチャーのモバイル広告代理店に入社し人事採用業務に従事。2011年に人事採用の上流戦略を提案するHRディレクションカンパニーを創業し、採用チーム立ち上げ・再建を中心とした様々な業界の採用コンサルティング全般に携る。2016年11月、シングラー株式会社を設立。クラウド型人材分析ツール「HRアナリスト」で『B Dash Camp 2017 Summer in Sapporo』ピッチアリーナ準優勝、2018年よりパーソルグループに参画。

長年、高齢化や人口の減少を理由に「日本は人手不足だ」と言われている。実際に求人を出しても人が集まらず、苦労している企業人事も多いだろう。その一方で、実は厚生労働省のデータによると、労働力人口と就業者数は直近10年ほど上昇傾向にある。女性や高齢者の労働参加が増えているためだ。

働き手は増えているはずなのに「人手不足」感が解消されないのはなぜなのか、考えてみたことはあるだろうか? そこには日本の雇用のあり方や生産性にまつわる根深い課題がある。今回はシングラー株式会社の代表取締役CEOである熊谷氏に、日本の人手不足の構造と、経営者や人事担当者が持つべき視点について話を伺った。

日本は本質的に人手不足ではない

「日本では人が集まらないことを感覚的に『人手不足』と呼んでいますが、それは本質的な人手不足の状態ではないんです」

10年以上、様々な業態の企業の採用現場を見てきた熊谷氏はそう話す。では本質的な人材不足とはどのようなものなのだろうか。

「本質的な人材不足というのは、需要に対して人材の絶対数が足りない状態を指します。例えば日本では2011年~2013年頃、エンジニア採用において人手不足が起こりました。ソーシャルゲームやアプリ開発などを中心にWeb業界で人材ニーズが高まったからです。大手SNSやゲーム会社などがエンジニアを取り合うようになり、結果、エンジニアを採用するためにエージェントへ支払うフィーが異様なほど高騰しました。エージェントフィーは通常、採用する人材の年収の35%程度が相場ですが、この時にはエンジニアの年収の100%をフィーとする人材会社もありました」

当時はフィーの高騰と合わせてエンジニア自身の給与も高くなり、通常時の2倍程度の給与で求人が出されることもあった。それだけのお金をかけなければ採用できないほど、エンジニアの数が需要と釣り合っていなかったのだ。海外の人手不足は基本的にこの状態だという。

しかし、現在の日本はどうだろうか。よりスキルのある人をより優先的に紹介してほしいという理由で、エージェントフィーの上昇は起きている。その一方で、労働者の給与は上がっていないのが現実だ。

「介護・保育など長年人手不足だと言われ続けている業界ですら、給与が上がっていません。給与を上げれば採用できる人がいるはずなのに、据え置きのままで人が集まらないことを人手不足と呼んでいる。今の日本企業の本質的な採用課題の多くは人手不足ではなく、給与を上げられないことなのです」

なぜ給与を上げられないのか、問題は生産性の低さ

ではなぜ日本企業では採用できないにも関わらず、給与が上がらないのだろうか。そこには構造的な問題がある。

「日本企業の給与が抑制されているのは、企業の生産性が低いからです。生産性が低いから、給与を下げてコストカットしなければ利益が上がりません。言い換えれば、生産性をあげることは、いい人材を採用するためにお金を使えるということなんですね。ではなぜ生産性が低いかというと、日本ではITの活用が上手くいっていないからです。特に、組織のトップに立つ中高年層がIT化についていけていないのが大きな要因でしょう」

総務省が2018年に調査したデータを見ても、日本は諸外国よりもICTツールの導入が進んでいないなどIT化の遅れが見られる。また経済産業省はその理由として、決裁権を持つ人たちがIT化の必要性を認知していないことを挙げている。

今50~60代の人が社会人になりたてだった1990年代~2000年後半がITの創世記と言われる頃に当たる。この時点では日本も諸外国も、IT化のスタートラインは同じだったはずだ。なぜここまでの差がついてしまったのだろうか。

「IT技術は急速にアップデートされるので、使う側の人間もその進化に対応していかなければいけません。アメリカなどではITを駆使できない人は出世できないし、出世したとしても途中でアップデートについていけなくなれば解雇されます。人材の新陳代謝が活発なため、自然とITを扱える人が上層部に集まるんです。

しかし日本では、アップデートについて来れなくても年功序列で役職や給与が上がってしまいます。いまやITを使えるか使えないかで生産性に大きな差が出る世界なのに、日本はITを扱えない人を出世させ、かつ解雇規制があるため簡単には解雇できない仕組みになっている。そのせいで日本の生産性が低くなってしまっているという事実は確実にあります」

それに加えて、日本の企業は内部留保を貯め込む傾向がある。内部留保とは、純利益のうち配当金に回されず社内に貯められるお金のことだ。海外ではそれを積極的に投資し、リスクを取ってでも生産性の拡大をはかる。したがって、生産性の低い企業は淘汰され、次々と生産性の高いスタートアップ企業・ベンチャー企業が生まれてくるサイクルができている。

一方、日本企業は諸外国と比較して積極的な経営拡大を行わず、内部留保をいざという時のために貯めておくことが多い。それが生産性が上がらない要因となり、また生産性が低い企業が存続し、日本社会全体の新陳代謝が下がる原因にもなっている。

このことを踏まえ、熊谷氏は企業の生産性を向上し賃金を上げるためには、労働契約法の改正が不可欠だと考える。

「現行の解雇規制の下では『ITが扱えない、生産性が低い』というだけの理由では正社員を解雇できません。解雇規制を緩和し雇用の流動性を高めることが必要です。アメリカ型の経営が一概に正しいとは言えませんが、人単位でも企業単位でも新陳代謝が低いことが日本の生産性の低さに繋がっていることは確かでしょう」

経営者や人事はこの事実にどう向き合うべきか?

「多くの企業の経営者や人事の方がこの構造を把握できていません。今の日本の人手不足の多くは、基本給与を上げれば解決するものなはずです。しかし、自社で人が採用できない理由を正しく理解していないため、初めから『人手不足だから採用できない』と諦めてしまっているんですね」

企業のいち人事・採用担当者からすると、給与や昇進などの採用条件は変えられない要素に思えてしまうだろう。低給与の根本的な問題である生産性の低さは、人事部門だけでは解決できない。問題について人事部門から提言し、全社ごととしてビジネスモデルの見直しレベルで改革していく必要がある。

「最近『CHRO(最高人事責任者)』や『HRBP(HRビジネスパートナー)』という役職が徐々に注目されてきました。CHROは人事のプロとして、HRBPは経営者の一人としてそれぞれ経営と人事の現場を繋ぐ立場ですが、私は彼らの本来の仕事はここにあると思っています。

ただ単に目標人数の充足を目指すのではなく、採用できない原因を究明し、給与に原因があるならば経営会議で問題提起して、どう解決するのか意思決定を迫ること。それが今人事部門で必要とされている動きです。人事の視点から経営まで食い込んでいける人材が求められますが、なかなかそこまでできる方は現時点では少ないように思います」

「難しいことを言っているとは承知しています」という熊谷氏。しかし、経営や人事に携わる立場としてこの構造を理解しているかどうかは、人手不足問題の見え方に大きな違いを生むのではないだろうか。人手不足に悩んでいる企業は、それが本質的な「人手不足」なのか、一度立ち止まって考えてみてほしい。