「ヒト」の重要度が高まる現代。これからの人事が目指すべき姿とは

Thinkings株式会社
執行役員CHRO
佐藤 邦彦 氏
さとう・くにひこ/1999年東京理科大学理工学部卒業後、アクセンチュア入社。2003年にアイ・エム・ジェイに転職し事業会社人事としてのキャリアをスタート。2011年以降、様々な事業会社の人事を歴任し2020年4月よりリクルートワークス研究所に参画。2022年8月まで『Works』編集長を務める。2022年10月にThinkings株式会社執行役員CHROに就任。

人事としてキャリアを積み、2020年よりリクルートワークス研究所にて『Works』編集長を務めてきた佐藤邦彦氏。人的資本の考え方が広まり4大経営資源のうちヒトや情報の重要度が高まる中、同氏は2022年10月よりThinkings株式会社の執行役員CHROに就任した。人事経験や編集長として知見を高めてきた同氏に、これからの人事に求められる役割やHR業界の今後の動向について伺う。

労働力不足とDX化から高まるヒトの重要性

ビジネスを始めるにあたって資金調達が難しかった1990年代後半から2000年代は、CFO(最高財務責任者)の力量がビジネス推進に大きく影響しており、重要視されるポジションであった。しかし市場環境の変化によって以前よりも資金を調達しやすくなった今では、ボトルネックになるのはカネの問題ではなく、ヒトの問題であるケースも多い。そのため人的資本経営に対する注目が高まっており、CHRO(最高人事責任者)の重要度が高まっていると佐藤氏は語る。

「すぐれたビジネスアイデアがあっても資金調達が難しかった時代から、日本のビジネス環境は大きく変化しました。その背景にあるのが、主に『労働力不足の深刻化』と『ビジネスのDX化』の2つです。まず少子高齢化に伴う労働力の不足により、近年は採用に変化が起きています。企業が選ばれる立場になるなど企業と応募者との関係性はより対等になりつつあり、現代では資金よりも人材を確保する方が難しくなっているといえます。

また、近年のDX推進の流れを受けてデジタル企業が世界のTOPに名を連ねる現状では、業界を問わずDXを推進し業務効率をあげていくことが求められます。さらに新しい事業を始めるなどして、事業転換に着手しなければ生き残れない企業も多い状況にあります。ただ、新しい事業を始めるためには人も変わっていく必要があり、3大経営資源の『ヒト・モノ・カネ』でいう『ヒト』の部分が重要なリソースとなります。企業経営の観点でも、以前は『カネ』が特に重要だったのに対し、『ヒト』の重要度が高まっている状況です。

こういった観点から、企業では『そもそも人が足りない』『優秀な人材がいない、もしくは優秀だと思って採用したのに活用することができていない』など、人と組織の課題が多く生じています。つまり、労働力不足や組織マネジメントにおける課題が浮き彫りになっているのです。そのため、この数年でCFOやCMOに並んでCHROを設置する企業が増える傾向にあり、人事担当役員が取締役格になるといった動きが出てきました。経営におけるHRの重要度が各業界で高まっているといえます」

続いてさまざまな時代背景により重要度が増すCHROが、人事のトップとしてどのような役割を求められているかを伺った。

「人事は、大きな方針や目標を示して進もうとする経営者とそれを受け入れられない現場の従業員との間に立ってバランスを取る必要があります。トップダウンとボトムアップが必ずしも一致するとは限らないので、経営者をサポートしたり従業員の声に耳を傾けて改善のために説得したりと、上手く立ち回らなければなりません。CHROは人事のトップとして、より経営の意図や思惑、ビジョンをしっかりと把握した上で、経営目標の実現に向けてどうサポートしていくのかを考えるという重要な役割が求められます」

時代変化に合わせたこれからの人事が目指すべき姿

時代の変化は、企業におけるタレントマネジメントのあり方にも影響を与えている。佐藤氏が『Works』の編集長時代に経験した大企業への取材からは、近年タレントマネジメントの重要性が高まっている背景が伺えた。

「特に大企業の人事では、これまで優秀な人材の『採用』に注力していましたが、今はその採用自体が非常に難しい時代です。こうした時代の変化から、今いる従業員のタレントマネジメントに力を入れる流れが強くなっています。例えば従業員数が数万人・数千人単位の大企業では、全従業員に対して数%程度の新卒採用に注力するより、今在籍している従業員のモチベーションを数%上げることの方が、自社にとってより大きなインパクトに繋がります。労働力不足を補うために新たに優秀な人を採用するのではなく、今いる既存の従業員のエンゲージメントを高めることの方がよほど影響が大きいことから、タレントマネジメントが重要だと注目を浴びているのです」

既存の従業員は一定のクオリティを担保された人材であり、ちょっとした変化でパフォーマンスが向上する可能性も十分あり得ると佐藤氏は話してくれた。人が足りない、生産性が上がらないとただ嘆くだけでなく、既存の人材に対して出来得る限りの策を講じているかどうかを、今一度見直す余地があると言える。

一人ひとりの経験や意向を常に把握する

またタレントマネジメントの重要度が高まる一方で、単に職務経歴書や履歴書のような静的な情報をタレントマネジメントシステムに蓄積しているだけでは真のタレントマネジメントとは言えないと佐藤氏は話す。

「私が考える真のタレントマネジメントとは、メンバー一人ひとりの『will・can・must』をしっかりと把握することです。どんな経験やスキル(can)を持っていて、どんなことをやりたい(will)と考えているのか、そして達成のために何をすべきか(must)といった時間と共に変化していく動的な情報を常に把握できていることが重要です。

これを実現するためには、タレントマネジメントシステムの導入も一つの手法となりますが、それ以上に管理職の『マネジメント力』が必要になります。メンバーの『will・can・must』をしっかり引き出して管理し、それを元にアサインを変えたり、アドバイスしたりするのが真のタレントマネジメントだと思っています。

また、このタレントマネジメントにおいて人事担当者は、目的を整理した上でどのような情報をどう集めるかを設計することが求められます。現場の管理職がメンバーとコミュニケーションを取りながら、動的な情報を継続的にアップデートしていける仕組みが求められるでしょう。スキルや経験だけにとどまらず、従業員のコンディションをリアルタイムで把握し、人事戦略に活かせるのが理想ですね。その仕組みを運用し、カルチャーに昇華させていくことがタレントマネジメントを行う上で必要不可欠なことだと思います」

複雑化する人事業務をシンプルに捉える3C

時代の変化に伴って、人事担当者の業務は「採用」にとどまらずタレントマネジメントや経営戦略の理解など多岐にわたる。複雑化する業務をシンプルに捉えるためには、3Cのフレームによって現状をきちんと把握することが重要だという。

「これからの人事には、人事業務における3Cの深い理解が必要だと考えています。『Companyー自社理解』『Competitorー競合理解』『Customerー顧客理解』の3つをしっかりと把握することで、複雑化している人事の仕事をよりシンプルに捉えられるようになります。

『自社理解』では、自社のサービスやプロダクトの情報だけでなく、そのメリットや歴史、関わる人達の人柄や・経験・メンタリティといったところまで理解を深める必要があります。また『競合理解』については、ビジネス上で競合となる企業に加えて、採用における競合についても分析する必要があります。この2つはジョブ型の中途採用の場面では一致することが多いですが、新卒採用では必ずしも一致するとは限らないのが特徴です。採用において自分たちの強みと弱みを把握して戦略を立てるためには、双方を理解する必要があります。最後に『顧客理解』についてですが、たとえば新卒採用におけるターゲットは学生です。学生のコンディションや就職活動の実態、企業に求めているもの、描いているキャリアなど、ありとあらゆる情報をもとに年々変化していく顧客の動向や方向性を把握しておく必要があるでしょう」

3Cの情報は、企業の成長や社会の情勢と共に変化し続けているため、ある瞬間に整理した情報は時間の経過とともに陳腐化してしまう。正しい状況を把握するためには、きめ細やかなコミュニケーションによってキャッチアップすることが必要だ。3Cの観点で自社を分析し作戦を立てる、そして日々アップデートしながら作戦を更新し続けていく。環境変化が激しいからこそ、経営陣からの期待に応えられる人事になるためには常に変化する状況を把握しておく必要がある。

時代とともに人事に求められることも変わる中、人事担当者にはさまざまな経験を積んでいってほしいと佐藤氏は話す。

「人事の仕事は、攻めと守りも含めて業務内容は多岐に渡ります。その中でも、採用育成や組織開発の領域は、攻めといわれるポジティブな仕事です。一方で、給与や労務管理、メンタルヘルスサポート、人事評価制度の運用などは、褒められたりありがたがられることがあまりありません。ですが、組織が成長するプロセスにおいて、その基本が欠けたり滞ったりすると企業は足踏みしてしまう重要な仕事です。人事全般の仕事をバランスよく経験している人事がHR業界のなかでも意外と少ないため、攻めの仕事やポジティブな業務だけでなく、さまざまな仕事を経験し、幅を広げていって欲しいですね」

日本に必要な人材のキャリア自律と流動化

「ヒト」の重要度が高まって採用や人事の在り方が変わる中、日本全体が経済を活性化させ成長するためには、人材のキャリア自律と流動性を高めることが必要だと佐藤氏は語る。さらに同氏は独自の持論として、全ての雇用契約を数年単位の有期雇用契約にして人材の流動性を高めることを提唱している。

「あくまで私個人としての意見ですが、有期雇用契約への移行は人材のキャリア自律を促し日本経済の活性化に繋がると考えています。リーマンショックやコロナショックなど経済が打撃を受けたとき、個人のキャリアを支援してきたアメリカと違い、日本は企業を支援して雇用を守ってきました。日本の企業で働く人は、これまで国や終身雇用制度に守られてきたせいで、危機感による学習やリスキリングなどが起きづらく、個人のキャリア自律意識は決して高いとは言えません。これはそういった背景から辿りついたかなり刺激の強い施策です。

新卒にかぎらず30代~50代、年代を問わず全員が数年単位の有期雇用にすることで、この数年間をどう過ごすべきかについて真剣に考えると思います。数年後の自身のあり方を考えたとき、足りない知識やスキルを身につけるために勉強したり、結果を出すために試行錯誤したりとそれぞれが行動を起こすはずです。それこそが真のキャリア自律だと考えていますし、適材適所の実現にも繋がるでしょう。今の日本経済の低迷を打開するためには、多少刺激的な施策を講じることによって無理矢理にでもキャリア自律した人材を増やして、流動化を高める必要があるのではないかと考えています」

人事領域以外でもThinkingsに貢献したい

これまでの豊富な経験から人事やHR業界への知見を深め、今回ThinkingsのCHROに就任した佐藤氏。今後は人事領域だけでなく、ビジネスの成長にも貢献していきたいという。

「今後の展望は大きく2つあります。一つ目はCHROとしてThinkingsの成長をサポートし、組織成長にしっかりと貢献していくことです。上場を視野に入れたさらなる組織の成長を目指し、HRとして経営戦略に紐づいた人事戦略を組み立て、実行をサポートしていくことが大事だと思っています。もう一つは、私自身の人事全般の経験や『Works』編集長としての知見などを生かして、対外的な活動によってビジネスの成長に貢献することですね。

Thinkingsの今後のさらなる成長スケールを考えると、現在提供している採用管理システム『sonar ATS』だけではない2つ目、3つ目の新しいHR領域の新規事業の立ち上げも視野に入ってきます。そのときに自身の経験を生かすためにも、この2つの位置づけでThinkingsに貢献していくことが楽しみであり、可能性も感じています」