社会保険の負担増が派遣業界に与えたインパクトとは? 各社への影響や派遣会社が取るべき対応を解説【後編】

前編では派遣業界に関わる社会保険関連の法律改正の歴史を紐解き、派遣会社における社会保険関連の負担が「対象範囲の拡大」「事務的コスト」の2つの点で増えていることを解説しました。

後編となる本記事では、社会保険料の料率上昇も踏まえて、派遣業界で社会保険料の負担がどのように増えているかを解説します。また人材派遣大手企業のIRから見る、社会保険の負担増の影響も合わせて紹介します。

データから見る社会保険料負担のトレンド

ここでは派遣会社が負担する社会保険料がどのように増えているのか、いくつかのデータを元にトレンドを解説します。

健康保険料率と厚生年金保険料率の推移

協会けんぽHP日本年金機構HPよりHRog編集部作成

労働者派遣法が施行された1985年と現在で比較すると、健康保険料は(1985年)8.4%→(2023年)10%で約1.2倍、厚生年金保険料は12.4%(1985年)→18.3%(2023年)と約1.5倍上昇しました。

派遣会社の多くが加入する協会けんぽの健康保険料率推移(全国平均)を見てみると、保険料率はじわじわと上昇を続けており、1950年時点では6.0%だったのに対し、2023年現在は10.0%となっています。

厚生年金保険料の料率上昇はさらに顕著です。1954年の全面改正によって一時的に保険料率が3%となったものの、その後少子高齢化や物価の上昇に合わせて保険料率は年々引き上げられていきました。しかし2004年の改正により、最終的な保険料率は2017年時点の18.3%に固定されました。

このように現在、健康保険料・厚生年金保険料はともに高止まりを続けており、派遣会社が負担する社会保険料の金額は増えていることが分かります。

労働者一人当たりにかかる労働総額費用の内訳とその割合
出典:厚生年金のさらなる適用拡大はなぜ必要か(大和総研)

厚生労働省「就業条件総合調査」のデータによると、企業が労働者一人あたりに支払った賃金や社会保険料などを含む労働総額費用のうち、労働者の手取りとなる「現金給与額」は右肩下がりとなっている一方、主に社会保険料を占める「法定福利費」は年々上昇していることがわかります。このデータは労働者全体の平均数値ですが、派遣スタッフも同様に法定福利費が上昇していると予測できます。

最後に、派遣労働者の賃金推移を見てみましょう。2020年(令和2年)に施行された「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(改正派遣法)」では、派遣スタッフに対していわゆる「同一労働同一賃金」の原則を守るよう求めています。加えて近年の人手不足や物価高の影響もあり、派遣スタッフの賃金は上昇傾向にあります。

社会保険の観点から見ると、派遣スタッフの給与が上がれば健康保険料・厚生年金保険料の基準となる標準報酬月額も上がり、社会保険の負担割合は高まります。このように、派遣スタッフの賃金そのものが上昇していることも、派遣会社の負担増の一因になっていると言えるでしょう。

社会保険料見直しによる派遣業界への影響は?

ここでは多くの派遣スタッフを抱えている、日本の人材会社大手3社「リクルートホールディングス」「パーソルホールディングス」「パソナグループ」のIR情報を元に、社会保険料の負担が人材派遣業の経営に与えている影響を見ていきます。

リクルートホールディングス

リクルートホールディングスの24年3月期第1四半期の人材派遣業の業績について、合計の売上は昨対比4.1%増収、国内に限ると12.7%増収したものの、調整後のEBITDAは2.0%減益となりました。

同社はその理由について、海外部門における減収と人件費の高騰があると説明しつつも「社会保障費が上がっており、プラスアルファのコストで売上で吸収しきれてない」と社会保障費の負担増に言及しました。また今後の対応として「6%台半ばを見据えながらマージンコントロールを行う」とコメントしています。

パーソルホールディングス

パーソルホールディングスの2023年3月期のStaffing SBUの業績は、売上高は6184億円・昨対比+7.4%を達成したものの、営業利益は8.1%のマイナスとなりました。また営業利益率も6.8%(2022年3月期)→5.8%(2023年3月期)と1.0%も下がっており、コスト増により利益が圧迫されていることがわかりました。

同社は減益の理由について「社会保険料法改正に関連する影響が△20億円」とコメントしています。今後の対応として「派遣スタッフの料金改定を一定折り込みながら計画を立てている」としていますが、「まだまだ時間がかかると認識している」ともコメントしており、派遣先企業との交渉に難航している様子が窺えました。

パソナグループ

パソナグループの2023年5月期のエキスパートサービス(人材派遣)・BPOサービス(委託・請負)他事業の合計売上は昨対比で-0.1%、利益は昨対比-19.5%の大幅減益となりました。

「有給休暇取得や社会保険料の増加に伴い、粗利率が低下したこと」などが減益の理由であるとしており、また今後の見通しについても「エキスパートサービス(人材派遣)では引き続き社会保険料等の負担増による粗利率の低下を見込んでいる」とし、他の事業の利益率を高めることで吸収したいとコメントしています。

このように、3社とも派遣事業において減益が目立っており、その背景には社会保険料などの負担増があることが分かりました。

社会保険料上昇に派遣会社はどう対応するべき?

社会保険の対象範囲拡大や社会保険料率の高騰の影響により、派遣業界では大きな打撃を受けています。今後派遣業界が生き残るには、どんな対応が必要なのでしょうか。ここではHRogから派遣業界へ向けて「業界全体で派遣料金のアップを提案する」「IT導入により管理コストを極力まで下げる」の2点を提案します。

業界全体で派遣料金のアップを提案する

社会保険料のコストが上昇する中、多くの派遣会社が派遣先に対して派遣料金の引き上げ交渉をしていると思います。しかし一社一社による個別の努力には限界があります。派遣大手各社や業界団体が連携し、業界を巻き込んでデータを示しながら、派遣料金の引き上げについて理解を求めていく必要があるでしょう。

IT導入により管理コストを極力まで下げる

一般社団法人 日本人材派遣協会の調査データによると、派遣料金のうち「派遣会社の社員の人件費や広告費を含む諸経費」は13.7%あると言われています。社会保険料の上昇により利益が圧迫される中、経営を持続的なものにするためには業務効率化によるコスト削減が欠かせません。

特に近年は、様々な会社が人材派遣会社向けの管理システムを提供しています。「社内業務のDXを進めたい」と考えている派遣会社の方は、ぜひ導入を検討してみてはいかがでしょうか。

まとめ

この記事では社会保険料率の上昇により派遣会社の負担が増えていること、また実際に人材派遣サービスを提供する会社の多くで社会保険の負担増による減益が起こっていることを説明しました。

少子高齢化が進む中、今後さらなる社会保険料の負担増が予想されます。もともと利益率の低い派遣業界にとって、この負担増は大きな経営課題です。HRogでは派遣業界とそこで働く方を応援するべく、引き続き売上UPや業務効率化のナレッジをお伝えしていきたいと思います。

(鈴木智華)