企業では厚生年金や健康保険など、社会保険料の負担が増大しています。日本年金機構によると、厚生年金などの保険料滞納で資産を差し押さえられた企業の数は2023年上半期(4~9月)約2万6300社と、前年度の1年分(約2万7800社)に近づいています。
大量のスタッフを雇用し様々な企業へ派遣する派遣業界では、影響はどこまで広がっているのでしょうか? 今回は2記事に渡り、社会保険の負担増が派遣業界に与えたインパクトを解説します。
目次
派遣スタッフの社会保険料はどう支払われる? 派遣料金の内訳と合わせて解説
社会保険料の上昇が派遣業界に与えたインパクトを解説する前に、派遣スタッフの社会保険料がどのような形で支払われているのか、その仕組みを紹介します。
社会保険とは
社会保険とは「失業」「病気」「出産」など、経済的困難を伴うリスクを保障するための公的制度を指します。
社会保険の種類には「厚生年金保険」「健康保険」「介護保険」「雇用保険」「労災保険」があります。
健康保険:病気やけがの際に、医療費の一部を補助
厚生年金保険:老後の生活を支えるため、退職後に年金として支給
介護保険:高齢者が必要とする介護サービスの提供をサポート
雇用保険:失業時に失業手当を支給し、再就職の支援を行う
労災保険:仕事中の事故や職業病による被害を補償
厚生年金保険・健康保険・介護保険は「狭義の社会保険」、雇用保険・労災保険は「労働保険」と呼ばれます。
派遣スタッフの社会保険負担先は派遣会社
派遣スタッフの社会保険料は、派遣元となる会社と派遣スタッフが共同で支払っています(労使折半)。そのため派遣先企業が派遣元に支払う派遣料金は、派遣スタッフの社会保険料を織り込んだ金額となります。
一般社団法人 日本人材派遣協会の調査データによると、派遣料金の内訳は下記になります。
派遣スタッフの給与:70.0%
派遣スタッフの社会保険料:10.9%
派遣スタッフ向け有給休暇費用:4.2%
派遣会社の社員の人件費や広告費を含む諸経費:13.7%
派遣会社の営業利益:1.2%
近年は社会保険料の料率の上昇に伴い、派遣料金に占める社会保険料の割合も上昇。派遣会社からは「利益が圧迫されている」という声が上がっています。
派遣スタッフが社会保険に加入する条件
ここでは狭義の社会保険である「厚生年金保険」「健康保険」(以降「社会保険」)に、派遣スタッフが加入できる条件を解説します。なお、狭義の社会保険のうちの一つ「介護保険」については、40歳以上の方は原則加入するため省略します。
原則、社会保険に加入できるかどうかは、1ヶ月あたりの労働時間によって決まります。以下の条件を満たす場合、派遣元企業は派遣スタッフを社会保険に加入させる義務があります。
・フルタイムで働く派遣スタッフ
・週所定労働時間および月所定労働日数がフルタイムの4分の3以上の派遣スタッフ
また2023年現在、上記の条件に該当しない(フルタイム勤務ではない)派遣スタッフでも、以下の条件をすべて満たせば社会保険の加入が必要です。
・週の所定労働時間が20時間以上であること
・ 雇用契約が2ヶ月を超える見込みがあること
・ 月額賃金が8万8,000円以上であること
・ 学生でないこと(定時制や夜間等を除く)
・ 従業員数が101名以上の事業所、または100人以下で健康保険の加入について労使合意した派遣会社に勤務していること(2024年10月以降は従業員数51名以上の事業所)
なお、社会保険の加入条件は年々緩和されており、派遣スタッフの社会保険適用範囲は拡大傾向にあります。そのため近年は、従来は社会保険の対象でなかった短期契約の派遣スタッフを抱える派遣会社で、社会保険料の負担増が起こっています。
派遣業界を取り巻く社会保険関連の歴史
ここでは政府による社会保険の加入条件の変遷と、特に派遣会社と関わりが深い社会保険関連の法律改正の歴史、それに対する派遣会社の対応を解説します。
短時間労働者の社会保険加入条件の変遷
日本の社会保険制度は戦後となる1950年代に大きく発展し、高度経済成長期(1960年〜70年代)に現在の大枠が作られました。しかしパートタイマーなどの短時間労働者向けの社会保険の加入条件はこれまで定められておらず、地域ごとに「実情に応じた取扱基準」に則った運用がされていました。
その後、1980年(昭和55年)に当時の厚生省が内部文書(内簡)にて、被保険者資格取得基準を定めました。この基準は「4分の3基準」と呼ばれ、下記の条件を満たす労働者は社会保険の加入対象となりました。
1日または1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者のおおむね4分の3以上 |
しかしこの4分の3基準は
・法律によって定められたルールではなく、法的拘束力がなかった
・「おおむね」4分の3以上という記載があり、運用する側に判断の余地が残されていた
など、様々な問題点を抱えていました。また所定労働日数が常時雇用者の4分の3を下回る短時間労働者は、社会保険の加入対象ではありませんでした。
2012年ごろの社会保障・税一体改革の際に法律が見直され、2016年(平成28年)に厚生年金保険法の第12条の規定によって「4分の3基準」の明確化が行われました。
1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上の場合 |
この「新・4分の3基準」が明確化されたのと同じ日に、一定規模以上の企業で働く短時間労働者について、基準に当てはまらなくても社会保険の加入を義務付ける新しい制度が施行されました。
また2022年以降、年金制度の機能強化と多様な働き方の広がりへの対応を目的に、短時間労働者の社会保険加入要件の適用範囲が拡大されました。
中でも2022年(令和4年)の改正により、加入要件を満たす契約期間が1年以上から2ヶ月以上に大きく引き下げられたことは、短期契約の多い派遣会社を中心に大きな影響を及ぼしました。
さらに「契約期間が2ヵ月以内であっても、雇用契約書等に契約を更新する旨を明示されている場合は、契約当初より社会保険に加入しなければならない」と定められるなど、派遣スタッフの社会保険加入にまつわる取り扱いがより厳格になりました。
派遣業界の対応:労働者を守る動きを進めながら、けんぽ立ち上げの動きも
1999年(平成11年)、派遣スタッフの社会保険加入を後押しするべく、改正労働者派遣法では派遣元企業は派遣先に対して、派遣するスタッフの社会保険加入資格の有無と、実際の加入の有無を通知することが義務付けられました。
この規定が制定されたことにより、派遣会社・派遣先企業ともに、派遣スタッフの社会保険加入に対して責任を追うようになりました。
非正規雇用者の増加や派遣業界の規模拡大に伴い、国内における社会保険加入対象の派遣スタッフの人数も増えました。それにより、派遣会社の社会保険加入・脱退に関わる事務コストは増大していました。
そこで2022年(平成14年)、派遣会社大手と日本人材派遣協会が中心となり、業界独自の健保組合である人材派遣健康保険組合(通称:はけんけんぽ)を立ち上げました。
これらの動きが功を奏し、派遣スタッフの社会保険加入率は向上。厚生年金加入状況は2003年:67.3%→2010年:75.6%、健康保険加入状況は2003年:69.9%→2010年:77.9%(※)となりました。
※出典:「非正規雇用増加の要因としての社会保険料事業主負担の可能性」 表6 雇用形態別社会保険の加入状況
2019年(平成31年)、少子高齢化による医療費赤字を理由に「はけんけんぽ」は解散となりました。そのため「はけんけんぽ」に加入していた多くの派遣会社は「協会けんぽ」などに移行しました。これにより従来の「はけんけんぽ」よりも料率が上がる、派遣会社側の社会保険関連の事務コストが増大するなどの影響が見られました。
まとめ
この記事では、短時間労働者の社会保険加入条件の引き下げにより、派遣会社における社会保険関連の負担が「対象範囲の拡大」「事務的コスト」の2つの点で増えていることを紹介しました。
一方、これらの負担だけではなく、社会保険料の料率が年々上がっていることも見逃せない変化です。後編ではこの点も踏まえて、派遣業界で社会保険料の負担がどのように増えているか、トレンドを解説します。
(鈴木智華)