(左)株式会社Cuore
代表取締役
宇田川 奈津紀 氏
うたがわ・なつき/大学卒業後、大手旅客サービスの乗務員として入社。その後、大手人材会社にて営業として勤務。ヘッドハントにより大手介護会社へ移籍するも2年後に解散により退職。その後、IT企業へ人事として転職。人事責任者として中小企業から4000名近いメガベンチャーを経験。人事部長としてダイレクトリクルーティングをはじめとする採用戦略設計と構築、採用ブランディングを管轄。2020年9月に株式会社Cuore(クオーレ)を創業。代表取締役として就任。現在は、IT企業を中心に新卒・中途採用支援や採用ブランディングのコンサルに従事する傍らダイレクトリクルーティングのプロダクトアドバイスや年間約1500名以上の経営者や人事が受講した人事向けセミナーの講師を勤める。
(右)株式会社All Personal
代表取締役
堀尾 司 氏
ほりお・つかさ/1973年北海道生まれ。1994年株式会社リクルートへ入社。2004年にソフトバンクBB株式会社へ入社後、ソフトバンク通信事業3社を兼任し、営業・技術統括の組織人事責任者に従事。2012年にグリー株式会社へ入社、国内の人事戦略、人事制度、福利厚生、人材開発の責任者を歴任。2014年より東京東信用金庫に入庫、地域活性化に従事。2017年に6月株式会社AllDeal創業。2018年11月に株式会社All Personalに社名変更。CHROプラットフォーム『CANTERA』責任者。
労働人口の減少や新型コロナウイルス拡大に伴うリモートワークや副業の浸透、HR Techの目覚ましい進化など、今人事領域は大きな転換期を迎えています。大きな変化の中で企業の生産性と個人のやりがいを両立させていくために、人事は「はたらく」をどうデザインしていくべきなのでしょうか? 今回はCHROプラットフォーム『CANTERA』を運営する株式会社All Personalの代表取締役堀尾氏と「メスライオン」こと株式会社Cuoreの代表取締役の宇田川氏が対談。現在の日本企業が抱える構造的な組織課題とこれからの人事に求められることについて話を聞きました。
「利己」と「利他」のバランスが崩れると疲弊する
堀尾:様々な企業を見ていると、やりがいを持って楽しく仕事している人は、本当に一握りの人たちで、多くの人は働く喜びを実感できていないのではないかと思います。
でも過去を振り返ると、高度経済成長期を支えた日本は、もともと組織づくりがすごく上手な国だったと思うんです。きっと「利己」と「利他」がうまく循環する組織を作っていたのではないでしょうか。
宇田川:創業100年以上の長寿企業が最も多いのも日本です。一つの組織を長く繁栄させるやり方を熟知していたのかもしれませんね。では、なぜ現代ではそれがうまくいかなくなってしまったのでしょうか?
堀尾:ライフスタイルが多様化したことで、一人ひとりが持っている個人の「こうありたい」というミッション、すなわち利己が多様化したことも理由の一つとして挙げられると思います。個人が主体的にキャリアを描いていきたいというときに、一人ひとりに合わせたものを提示できる組織を作れているところはまだまだ少数だと感じています。
企業は、理念やビジョンを掲げてそこに共感してくれる人たちを集めようとしていますが、そうすると片手落ちになってしまう。企業の理念・ビジョンと個人のミッションにつながりを見出す人を採用し、会社でやっていることが個人としてやりたいことと地続きになるような仕組みをデザインしないといけません。
宇田川:私は、仕事の本質は利他の視点にあると思っています。利己の視点で考えると自分が望むキャリアや働き方を手に入れられるかということに目が行きがちですが、自分のためではなくチームのため、ひいてはお客様のため、お客様が見ているその先のお客様のため…と視点が利他に変わると、見える景色ややりがいも変わってきます。
与えられた状況に対して「今の自分の立場でどう貢献していこう?」と考えることが、働きがいを作る秘訣だと思います。
堀尾:視点がお客様ではなく、自社の売上・利益のほうを向いている企業で働いていると、従業員もやりがいを見出しづらく疲弊してしまいます。しかし一方で、売上・利益が確保できないと企業として立ち行かない。利己と利他、個人のやりがいと企業の生産性、両方に向き合ってマネジメントしていくことがこれからの人事に求められるのではないでしょうか。
人事の市場価値を上げる鍵は「ROIの提示」
堀尾:企業が理想として掲げるものと現場のマネジメントリテラシーを行ったり来たりしながら、いかに生産性と働きやすさを両立する組織を作るかという難易度の高いミッションを追っているにも関わらず、人事という仕事は今もなお、すごく軽視されているような気がします。
教育に関しても、人事は他の職種よりも自社から与えられる学習機会が少ないのではないかと感じています。私が運営する『CANTERA』のCHRO養成講座へ申込まれる方の中には、人事として求められるスキルや経験と、与えられる学習機会の少なさの狭間で、もがき苦しんでいる方が少なくありません。
そしてコロナによって、多くの企業で人事部門がコスト削減の対象になりましたが、本来企業において一番削ってはいけない部門が人事だと思います。安価な金額で人事・採用業務を請け負ってくれるサービスもどんどん増えていっていますが、人事という仕事が解決しなければいけない課題はそんなリーズナブルに解決できるものなのか、一度立ち止まって考える必要があると思います。
宇田川:おっしゃる通りだと思います。なぜ企業の中でなかなか人事の重要性が上がらないのでしょうか?
堀尾:普通人事は採用予算をもらったときに、採用したことで未来の業績にどれくらいのインパクトを与えられるかということを考えなければいけないと思います。ROIを見なければいけないのですが、そこを感覚的にやってしまっている人事の方は多いと思います。「自分が人を採用することで、2億円の売上を上げて1億円コスト下げられます」という人事の方がいたら、企業はいくらでもお金をお支払いしますよね。
宇田川:採用であれば採用マーケティング、評価であればそこに紐づいた給与改定など、人事は数値で考えなければいけないことが多いと思います。他の部門の人にやっていることを伝えるときも、数値できちんと頑張りや状況を可視化しないと「何をやっているか分からない部門」になってしまう。
私が一人で人事をやっていたときは、自分一人だけで解決せずに、現場のマーケティング職の人たちの知恵を借りながら動かしていました。その中でデジタルマーケティングのノウハウを学び、それを人事に置き換えるとどうなるかを考えながら全体の設計を考えていっていましたね。
堀尾:人員配置や従業員エンゲージメントに関しても、定量的なデータを取るツールが出てきたことで、人と人との関係性、人と組織の関係性を実践的な理論と定量的なデータを組み合わせながら最適化できるようになりました。どのようにしてその設計を多くの企業で当たり前化させるかは、今後私自身も考えていかなければならないと思っています。
宇田川:最近、マーケティング出身の方やエンジニア出身の方が人事部門に入ってくるようになったという話をよく聞きます。今までの成功体験に基づいた感覚的な意思決定ではなく、データとロジックに基づいた新しい意思決定のやり方を各社模索しており、今はその過渡期なのかもしれませんね。
一方でレガシーな採用のカタチが延長した結果、業務の縦割りと細分化が進んでおり、全体の戦略を描ける人がいないのは依然として大きな課題だと思います。
堀尾:その通りです。今HR Techと呼ばれるツールたちはポイントポイントでデータを蓄積できるものの、それらのデータをつなぎ合わせて全体の人事施策を考えることは、結局、人事部門しか行えないのではないでしょうか。このような全体最適を見据えた人事施策を設計できる人が増えれば、人事の価値はおのずと上がると思います。
宇田川:全体最適を考えるときには、人事の視点から一歩離れて、経営や現場目線から人事を捉えることが必要です。経営者や現場との距離が近い場所で意思決定をする機会を増やすことが大切になっていきますね。
これからの人事のキャリアは自ら学んで作る
宇田川:全ての大企業に当てはまる訳ではありませんが、大きな企業の人事部門では、人事部長が採用の上流工程を引き、それに基づいてメンバーが面接の日程調整などの下流工程をおこなっている場合があります。一方で経営者との距離が近いベンチャー企業の人事は、新卒1、2年目の人がいきなり上流工程を引いていたりする。3年、5年と年月が経つにつれ、前者と後者の間にはおそろしいくらいのスキルの乖離ができてしまいます。
一方で大企業で上流工程を経験しようと思うと、人事部長が別の部門に行くか引退するかまで待たなくてはいけない。5年、10年勤めていて、大きな成長の機会が得られないままここまで来てしまい、自分の市場価値に悩んでいるという人事の方からご相談をいただくこともあります。
堀尾:そのような方が本業でスキルアップを叶えようとするのは難しいことかもしれませんね。私もそのような上流工程未経験の人事の人たちも活躍できるようになってほしいという思いから、戦略人事アカデミー『CANTERA』を運営しています。宇田川さんにも講師として入っていただいていますね。働きながらスキルアップのために学んでもらいつつ、副業をして実践を積んでもらい、人事としてより強固なキャリアを作ってもらう仕組みを作りたいと思っています。
宇田川:自分自身の介護離職の経験を通して、人生は本当に何があるか分からないなと実感しています。私は幸運なことに本業でスキルを積ませていたただくチャンスに恵まれ、そのお陰もあり、介護離職した後もなんとか経済的にも打撃を受けずにやりたいことを続けられる環境がありました。でも今30代で面接の日程調整しか経験していない人事が、もしも介護などの様々な事情でフルタイムの仕事が難しくなったときに、時間の切り売りをせざるを得なくなってしまうと思ったんです。
私の知識や経験を『CANTERA』で伝えることで、そのような人たちを少しでも減らせるのはないかと思います。自分は周りの環境に恵まれていたからこそ得られた知識があります。これからは、その知識を人事の皆さんに還元して、社会全体の人事スキルの向上に貢献できれば幸いです。
堀尾:宇田川さんの採用戦略の考え方からスカウトの打ち方は、心理学や統計学などの理論にきちんと基づいているし、再現性があるものなんですよね。宇田川さんのスキルを企業の人事全員が学んで実践したら、どんな企業でも人が集まると思います。
宇田川:ありがとうございます(笑)。でも、私一人で人事を変えようと思っていてもたかが知れていると思っています。『CANTERA』の卒業生たちは本気で学びたいと思っている人たちなので、私も本気で語りかけたら、彼らが頑張って日本の人事を素晴らしく最高に変化させていくのではないかと信じています。