【人事データ活用#01】これからの人事の意思決定を支える「リアルタイムワークデータ」とは

リアルタイムワークデータで「はたらく」を変える。人事データ活用最前線

近年人事データの活用、いわゆる「ピープルアナリティクス」が注目を集めている。最近は、従来の人事データのみならず、日々の「はたらく」にかかわるデータ(リアルタイムワークデータと呼ぶことにする)を広く収集・活用しようとする動きが広まってきている。それに伴い、センシング技術やウェアラブルデバイス、オンラインツール等、「はたらく」を可視化するツールも続々と登場してきている。本特集では、新しい「はたらく」にかかわるデータの収集・活用の取り組みに焦点を当てながら、人事データ活用の最前線を追う。

ピープルアナリティクスとは、学歴や入社年次・給与・採用時のデータなど、人事が持っている従業員データを蓄積・分析することで、今まで勘と経験に頼りがちだった人事の意思決定を、客観的なデータに基づいて戦略的に行っていこうとする取り組みのことです。

具体的には、以下の情報などが人事データとして扱えます。

分類内容
社員情報氏名、住所、生年月日、家族構成、連絡先、学歴など
組織情報所属、職務、雇用区分、等級、賞罰、異動履歴など
給与情報給与、賞与、社会保険、手当、インセンティブなど
勤怠情報出勤・遅刻・欠勤、有給休暇など
評価情報適性検査、人事考課、人物評価、360度評価、人材フラグなど
育成・研修情報採用時データ、資格・スキル、研修種別、受講履歴など
個人意向情報キャリア志向・異動希望、面談履歴、自己アピール、従業員満足度調査など

パーソルテンプスタッフより引用

しかし今までの人事データは、主に入社・退社のタイミングや年に数回の評価、昇給・昇進、異動といった節目のタイミングで断片的に取得されることが多かったため、「日々従業員がどんなことを思って、どのように働いているのか」という実態をリアルタイムで把握することはできていませんでした。

そのような中で最近目立ってきたのが、人事データの枠を超えて、従業員の日々の「はたらく」にかかわるデータを、リアルタイムかつ連続的に収集・活用しようとする動きです。

従来の人事データとリアルタイムワークデータの違い

今回は、働く従業員のリアルタイムの行動データである「リアルタイムワークデータ」の種類と、リアルタイムワークデータを取り巻く状況について紹介します。

リアルタイムワークデータとは

リアルタイムワークデータとは従業員の日々の「はたらく」をリアルタイムで把握するためのデータで、大きく下記3つの種類に分けられます。

リアルタイムワークデータの3分類

①従業員のコンディション(健康状態、ストレス状態、集中度合、幸福度)
・ 従業員への心理状態に関するアンケート調査(パルスサーベイ)
・心拍数等の生体データや身体行動データ など

②従業員の行動・パフォーマンス
・ 電話営業やコールセンターの会話データ
・ PCでの作業ログデータ など

③ 従業員同士のつながり・コミュニケーション
・ 職場での会話データ
・ オンラインのコミュニケーションデータ など

リアルタイムワークデータの収集・活用ツール

テクノロジーの進歩に伴い、実際にリアルタイムデータを収集する様々なツールも登場してきています。 

従業員のコンディション把握でサーベイやウェアラブルデバイスの活用が進む

従業員のコンディション把握の領域では、月1回・1回あたりの所要時間3分のサーベイで従業員のエンゲージメントを可視化できるアトラエ社の「wevox」が2020年8月12日時点で1550社以上の企業に導入されているなど、組織エンゲージメントに関心の高い企業を中心に普及が進んでいます。

またウェアラブルデバイスやスマホを活用した行動ログにより、「人との関係性」や「集中力」など、抽象度が高くなかなか記録しづらいものを可視化・分析することでコンディションを把握しようという取り組みも進んでいます。具体的な例として、日立グループの新会社「ハピネスプラネット」が開発した従業員の幸福度を可視化できるスマホアプリや、眼鏡メーカーのJINSが開発した、仕事中の集中力を測れる眼鏡型ウェアラブルデバイスなどがあります。

従業員のコンディションデータ収集ツール
  • wevox(株式会社アトラエ) 
    月1回、所要時間3分のサーベイで、従業員のエンゲージメントを可視化 
  • Happiness Planet(株式会社ハピネスプラネット・日立グループ) 
    従業員の幸福度を計測・可視化できるスマホアプリ
  • JINS MEME(株式会社ジンズ) 
    集中度合等を把握できる、眼鏡型ウェアラブルデバイス
  • 心sensor for Communication(米affectiva社) 
    オンライン会議での参加者の反応や感情を感情認識AIで可視化

PCログで従業員の行動・パフォーマンスを可視化

従業員の行動・パフォーマンス可視化を目的として、Office365上のデータをもとに従業員の日々の業務を可視化するマイクロソフトの「Workplace Analytics」や、パーソルプロセス&テクノロジー社が提供している「MITERAS」など、PCやツールのログを通じて従業員の勤務実態や作業内容を見える化するツールが開発されています。

従業員の行動・パフォーマンスデータ収集ツール
  • Workplace Analytics(米マイクロソフト社) 
    Office365を通じて蓄積されたデータをもとに、従業員の日々の業務を可視化
  • MITERAS(パーソルプロセス&テクノロジー株式会社) 
    PCログから勤務実態と作業内容を可視化
  • MiiTel(株式会社RevComm) 
    電話営業の会話を分析・可視化、生産性の向上や教育工数削減を実現

オンラインツールのログで従業員同士のコミュニケーションを可視化

従業員同士のコミュニケーションを可視化するツールとして、Slackのようなオンラインコミュニケーションツール上のログをもとに「誰と誰が頻繁にやりとりしているか」「どのチームでコミュニケーションが活発に行われているか」等がわかるLaboratik社の「We.」や、Fringe81が提供する社内のコラボレーション改善クラウド「Unipos」などがあります。

従業員同士のつながり・コミュニケーションに関するデータの収集ツール
  • We. (Laboratik Inc.) 
    Slack上のログを解析し、従業員同士のコミュニケーションの実態を可視化
  • Unipos(Fringe81株式会社) 
    従業員同士が感謝のメッセージやリワードを送り合うことで、コラボレーションを活性化

リアルタイムワークデータが注目される背景

働く従業員のリアルタイムの行動データ、リアルタイムワークデータを活用する動きが広まっている背景には、どのようなものがあるのでしょうか?

働き方改革の浸透に伴う生産性向上の取り組み

現在は「働き方改革」という言葉が社会に浸透し、残業削減の取り組みが各社で進みつつあります。その中でいかに従業員の生産性を向上させるかという視点でリアルタイムワークデータを活用したいという声が増えてきてます。

健康経営への関心の高まり

従業員一人ひとりの心身の健康が生産性に直結するという考え方が徐々に広まっていることも、リアルタイムワークデータが注目される一因となっているようです。

従業員エンゲージメント向上への取り組み

転職が一般的なものとなる中で、金銭的な条件ではない会社・組織と従業員との精神的な関係性(=従業員エンゲージメント)を向上させる取り組みが広まっています。その中でリアルタイムワークデータを活用する取り組みが広まっています。

リモートワークの推進

昨今の新型コロナウイルスの影響でリモートワークが普及したことにより、従業員の仕事ぶりやコンディションが見えづらくなっています。またマネジメントのしづらさやコミュニケーションの減少など、組織にまつわる課題が新たに出てくる中で、リアルタイムかつ客観的に従業員や組織の状態を把握できるリアルタイムワークデータへの関心が高まってきています。

リアルタイムワークデータ収集・活用に向けたハードル 

リアルタイムワークデータの収集・活用に向けたハードルにはどのようなものがあるのでしょうか?

リアルタイムワークデータのハードル1:ウェアラブルデバイス端末の整備

ウェアラブルデバイスを従業員の人数分確保するのは一定ハードルが高く、また、実際に従業員に装着・携帯してもらうのがなかなか難しい場合もあるでしょう。

リアルタイムワークデータのハードル2:個人情報提供に対する従業員側の心理的な抵抗感

特にウェアラブル端末を活用した行動ログやオンラインツールのログなどのデータを収集する場合、「監視されている感じが嫌」などといった声があがることも多く、心理的抵抗感の面で課題があります。特に心拍数等の生体データ等については慎重に取り扱う必要があるでしょう。

これらのハードルを越えるためには、下記のような方法が考えられます。

解決策1:既にある従業員が使っている端末(スマホ、PC)を活用

既に普段利用している端末を利用すれば、新たに端末を用意する必要がない為、比較的すぐに導入することができます。

解決策2:従業員に同意を得た上で任意での情報収集

心理的抵抗感を解消するため、「何の目的で何のデータを取得するのか」を従業員に事前に伝え同意を得る、データの収集を許可するかどうかはあくまで従業員に委ねる方法もあります。また、「データの取得を了承することで働く上でのサポートを受けやすくなる」「希望職種への異動や昇進昇格の可能性が上がる」等、従業員側にとってもメリットになるように設計することも重要となります。

解決策3:収集したデータ活用は従業員自身での利用に限定

データの利用用途はあくまで従業員自身の振り返りや働き方改善に活かすために限定し、上司や人事に見られることはないようにする方法があります。

解決策4: 収集したデータの匿名化

組織の施策に活用する際、個人が特定されないよう匿名化したデータを利用する方法があります。

リモートワーク浸透でデータ取得・活用が進む? 

リアルタイムワークデータ収集・活用にあたっては上記のように一定のハードルがある一方で、withコロナにおいてリモートワークが浸透する中、オンライン上での作業・会議が大半を占めるようになることで、取得できるオンラインツール上のデータは今後さらに増えていくことが予想されます。

また、リモートワークが増える中で従業員の実態把握・マネジメントがしづらくなることへの課題認識を持っている企業も増えています。withコロナが今後しばらく続くことを考えると、オンラインデータをはじめとしたリアルタイムワークデータを活用する企業はますます増えていくのではないでしょうか。

筆者紹介

株式会社コーポレイトディレクション 
コンサルタント 臼山美樹

株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)にて約200社の法人企業への採用支援、および約1000名の個人への転職支援に従事した後、インドネシア拠点に出向し日系企業向けの人材紹介業務を担当。その後、経営戦略コンサルティングファーム、コーポレイトディレクション(CDI)に参画。CDI参画後は中期経営計画策定支援や人事制度改革支援、ASEANでの成長戦略策定支援等に従事。