【人事データ活用#04】リアルタイムワークデータで「はたらく」はどう変わる?人材マッチングでの活用の未来

リアルタイムワークデータで「はたらく」を変える。人事データ活用最前線

近年人事データの活用、いわゆる「ピープルアナリティクス」が注目を集めている。最近は、従来の人事データのみならず、日々の「はたらく」にかかわるデータ(リアルタイムワークデータと呼ぶことにする)を広く収集・活用しようとする動きが広まってきている。それに伴い、センシング技術やウェアラブルデバイス、オンラインツール等、「はたらく」を可視化するツールも続々と登場してきている。本特集では、新しい「はたらく」にかかわるデータの収集・活用の取り組みに焦点を当てながら、人事データ活用の最前線を追う。

今回は、Slack上のチャットデータをもとに社員同士のつながりや会社の雰囲気を可視化し、改善アクションまで提示するツール「NEWORG(ニューオーグ)」を開発するLaboratikの三浦豊史氏と、新規事業開発プログラム「Drit」の運営を通じて日本の「はたらく」をアップデートするイノベーションの創出に取り組む、パーソルイノベーションの森谷元氏に、リアルタイムワークデータ活用の可能性について対談いただいた。  

(中央)Laboratik Inc
代表取締役
三浦 豊史氏
みうら・とよふみ/2004年にニューヨーク市立大学卒業後、現地のクリエイティブエージェンシーR/GA New Yorkでデザイナーとして勤務。2007年に帰国後は、GoogleにてインダストリーマネージャーとしてAdWordsやYouTubeの広告営業・コンサルに携わる。同社退社後Laboratik Inc創業。

(右)パーソルイノベーション株式会社
インキュベーション推進室 室長
森谷 元氏
2014年に株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社、株式会社インテリジェンス ビジネスソリューションズ配属。2015年、新規事業部門に異動し、新サービス創出2件にディレクターとして携わる。2016年、アマゾンジャパンに転職。法人向け新規事業の立ち上げを担当。事業成長に貢献し、年間MVPを受賞。2018年、パーソルの新規事業創出を加速させるためにパーソルホールディングス イノベーション推進本部(現:パーソルイノベーション株式会社)入社。

(左:モデレーター)株式会社コーポレイトディレクション
コンサルタント
臼山 美樹氏
株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)にて約200社の法人企業への採用支援、および約1000名の個人への転職支援に従事した後、インドネシア拠点に出向し日系企業向けの人材紹介業務を担当。その後、経営戦略コンサルティングファーム、コーポレイトディレクション(CDI)に参画。CDI参画後は中期経営計画策定支援や人事制度改革支援、ASEANでの成長戦略策定支援等に従事。

リアルタイムワークデータ活用で「はたらく」はもっと自由になる

臼山「近年、従来の人事データの枠を超えて、従業員の日々の『はたらく』にかかわるデータ、『リアルタイムワークデータ』を収集・活用しようとする動きが出てきています。リアルタイムワークデータの活用で、人々の『はたらく』環境はどう変わる可能性があるのか、お二人のお考えをお聞かせいただけますか」

リアルタイムワークデータの3分類

①従業員のコンディション(健康状態、ストレス状態、集中度合、幸福度)
・ 従業員への心理状態に関するアンケート調査(パルスサーベイ)
・心拍数等の生体データや身体行動データ など
②従業員の行動・パフォーマンス
・ 電話営業やコールセンターの会話データ
・ PCでの作業ログデータ など
③ 従業員同士のつながり・コミュニケーション
・ 職場での会話データ
・ オンラインのコミュニケーションデータ など

三浦「リアルタイムワークデータを活用することで、自由な働き方を実現しやすくなると考えています。ここで言う自由な働き方とは、場所や時間から自由であることと同時に、上司が部下を管理するのではなく『個人に任せる・自律する』という自由を指しています。リアルタイムワークデータによる働き方の可視化はその第一歩です」

森谷「なぜリアルタイムワークデータがあると個人に任せられるようになるのでしょうか?」

三浦「例えばコミュニケーションの面で言うと、slack上のデータを解析することでチームの中で誰がコミュニケーションの流れを生み出しているか、誰がリードをとっているかを知ることができます。それによって、問題が起きた時に上司がどこまで干渉すべきか、任せておいても大丈夫なのかなどを判断できます。

また慣習の面で言うと、リアルタイムワークデータによってその慣習が本当に生産性を高めているのか明らかになります。なんとなく根付いている古い習慣や就業時間・勤務場所の規定が生産性に影響しないこと、あるいは自由にした方が生産性が高いことをデータから示せれば、働き方を変えるきっかけになりえますよね」

森谷「評価面においても、客観的なデータによって、学歴や年齢に関わらず本当に能力がある人が評価されるようになってほしいと思います。転職市場の『35歳の壁』や学歴フィルターのようなナンセンスなものを打破する上でも、ぜひリアルタイムワークデータを活用してほしいですね」

三浦「リアルワークデータの普及によって、本当の実力が見えやすくなる時代になると言えるかもしれませんね」

森谷「日本は在宅などの形式的なリモートワークだけでなく、個人が自律的にはたらくという意味での内面的なリモートワークがもっと進まないと、本当の意味でのパラレルキャリアや新しい働き方は進まないと感じます。『内面的なリモートワーク』と概念だけを言われても実感が湧きにくいものですが、第三者目線の具体的なデータを参照することで、管理職が自分で改善点に気づけるのはとても有効ですね」

データ活用のハードルは社員の理解と検証文化の醸成 

臼山「では、リアルタイムワークデータ活用にあたってのハードルはどんなことが考えられますか?」

三浦「リアルタイムワークデータを導入することで、社員が直感的に『監視される』と感じてしまう点が挙げられます。ただ、リアルタイムワークデータをなぜ使うのか、なにに使うのかをきちんと公開することで、この心理的ハードルはかなり下げられます

臼山「人事データ活用特集#02でも、心理的安全性を担保するために『データ利用の目的を伝えて本人の同意を取ること』『伝えた目的以外にはデータを使えない仕組みにすること』が重要だという話がありました」

森谷「実際に導入して出てきたデータをどう活かすのかについて、きちんと議論できるかという点もハードルだと思います。議論できる組織とできない組織がありそうですが、その差はどこにあるのでしょうか?」

三浦「日々の目標や数値に追われる中でも『立ち止まって振り返る』ということの重要性をわかっているかどうかが明暗を分けると思います。このような文化はリーダーによってつくられることが多いので、つまりは『リーダー自身が振り返りの重要性をわかっているかどうか』が差になるのではないでしょうか」

森谷「導入を決定した企業では、実際にデータを活用する立場の中間管理職が、データの活用状況を振り返るサイクルづくりをする必要があるということですね」

三浦「とりあえず導入してみてダメだったらやめよう、という考え方では意味がないと思います。リアルタイムワークデータに限らず、導入したサービスに対して振り返ってみんなで議論するという習慣が根付いている企業は、新しいものを取り入れて進化する速度が速いと感じます」

リアルタイムワークデータ活用で最適な人材マッチングへ

臼山「転職エージェントを利用されたことがある方の中には、転職相談で『どんな時にモチベーションが上がりますか?』『あなたの強みは何ですか?』などと聞かれて、答えに詰まった方も多いのでないかと思います。こうした場合に、個人のスキル・特性・モチベーションなどを客観的に把握できるリアルタイムワークデータを基にマッチングができたら、ミスマッチを大きく減らせるのではないかと想像するのですが、いかがでしょうか?」

森谷「リアルタイムワークデータをマッチングの際の参考データとして加えることで、転職のマッチング精度を高められる可能性は大いにあると思います。自分のデータを転職の際のアピールポイントとして利用できるだけでなく、スキルやポテンシャルが可視化されることで異業種・異職種への挑戦もしやすくなると思います。

例えば新規事業開発を希望しても、これまで営業しか経験していないので転職できない、というようなことがあります。しかし新規事業開発に向いていることがデータで示せれば、異業種・異職種への転職もしやすくなる、というイメージです」 

三浦「将来的には、企業および個人が蓄積したコミュニケーションデータを公開して、どこの企業や組織が自分の働き方のスタイルに合うか、という診断にも使えるのではないかと考えています。アメリカでは、上場企業に対して国際標準『ISO30414』(人的資本に関する情報開示)が義務付けられることになりました。

これによって人的資源の仕組み、ひいては就職・転職についてもグローバルスタンダードが生まれていくと予測しています。旧来の学歴や履歴書では判断できない、本質的なコミュニケーションや能力をみるための仕組みを早くつくる必要があると思います」

国際標準「ISO30414」とは

ISO 30414とは、国際標準規格の一つであり、「社内外への人事・組織に関する情報開示のガイドライン」として2018年12月に新設された。「コンプライアンスと倫理」「コスト」「ダイバーシティ」「リーダーシップ」などの11領域49項目からなる。企業はこれらの項目について客観的なデータを伴った報告を求められるため、今後はHRTech等を利用し、データに基づいた人的管理が必要不可欠になると考えられる。

森谷「その他にも、副業のようなプロジェクト単位でのマッチングでも活用が進むといいですね。副業こそ短期的かつ瞬間的にマッチングしたいという需要があります。日々の仕事の進め方や担当者との相性などのリアルなデータがあると、より簡単に精度の高いマッチングができるのではないかと感じました」

三浦「弊社でも外部のエンジニアやデザイナーに業務委託していますが、優秀な方ほど既に複数のプロジェクトを持ちながら動いています。履歴書からは判断できないスキルや経験値を持ち合わせている方もいますね」

森谷「副業人材の活用は今やほとんどの企業が向き合うべきテーマになりました。一部の企業は既に『どうしたら外部の人材を上手に活用できるか』に悩む段階まで来ているはずです。新しい人材や働き方を受け入れる際、『はたしてその人が本当にパフォーマンスを期待できるのか』は常につきまとう問題ですが、データの活用によってこの問題に向き合いやすくなるのではないかと期待しています。

これまで定性的でブラックスボックスだった人材データがいい意味で明るみに出てフェアになることで、日本においてもよりよい『はたらく』環境が実現できるかもしれないですね」