【大激震の21採用#04】「HR Techが新卒採用を変える」人材研究所曽和氏が語る新卒採用の歴史とこれから

株式会社人材研究所
代表取締役社長
曽和 利光 氏
そわ・としみつ/灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。その後株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。2011年に株式会 人材研究所を設立。企業の人事へ指南を行うとともに、新卒および中途採用の就職活動者への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開する。

大激震・新卒採用マーケット 2021卒動向を徹底分析

新卒一括採用の見直しやリクナビ内定辞退率販売問題など、20卒では新卒採用のあり方が改めて問われました。また21卒はコロナウイルスの影響もあり、各社が感染拡大防止のためにイベント中止などの対応を迫られています。本特集ではそんな変化の真っ只中にある21卒の採用市場を徹底的に分析します。

今回は「新卒採用の歴史とこれから」をテーマに、人材研究所・曽和氏に話をうかがった。「ここ2、3年でマーケットがガラリと変わった」と語る同氏は、新卒採用サービスの乱立や新型コロナウイルスの流行などで揺れる新卒採用の現状をどのように見ているのだろうか。

新卒採用は「オープン&フェア」と「効率性」の対立の歴史

過去20年の新卒採用市場の変化について、「一言で表すとするならば『オープンでフェアな就職活動』対『効率的な採用活動』という対立構造の勢力図がこの20年間でたびたび塗り替わっている、と言うことができるでしょう」と曽和氏は語る。

「ここでいう『オープンでフェアな就職活動』とは、学校名に関係なくすべての学生が平等に会社の選考を受ける機会が与えられている、ということです。2000年以前の人気企業の採用と言えば、上位校出身の自社社員が出身校の後輩に接触して採用活動をおこなう、というクローズドなリクルーター採用が一般的。就職活動が実際に解禁になったときにはもうすでに採用枠はリクルーター経由の学生でほとんど埋まっており、リクルーター経由で接触できなかった学生への門戸は実質限りなく閉じられていました」

「しかし、2000年前後に就職ナビサイトが現れたことにより状況は一変しました。学生側はナビサイト経由で、自分が受けたいと思った企業に自由にエントリーできるようになったんです。今となっては当たり前ですが、当時は就職活動における機会平等を実現したという点において画期的な変化でした」

就職ナビサイトの誕生によってもたらされたオープンでフェアな就職活動。だが2010年代ごろから、徐々にナビサイトによる就職活動の負の側面がフォーカスされるようになってきたという。

「就職活動における機会平等の副作用として、人気企業への一極集中が起こりました。応募をオープンにした結果、100人しか採用枠がない企業に何万人もの学生がエントリーするという現象が起こり、企業側で学生を見極めるコストが大きく膨らみました」

「一方で学生側の動きを見てみると、ナビサイトの誕生により様々な人気企業にたくさん応募できるようになったものの、企業の採用基準が変わったわけではないため『100社受けて1社受かるか』という状況に。就職活動は長引き、学生の本分である学業を圧迫しはじめていました」

そのような状況の中、経団連は学生の勉強時間の確保することを目的として2016卒の新卒採用から就職活動の解禁時期を3カ月後ろ倒しし「大学3年生の3月1日以降」、選考の開始時期も4カ月後ろ倒しし「大学4年生の8月1日以降」と定めた。

「経団連側で時期を制限し、学生が就職活動にあてる時間をむりやり圧縮させることで学生の勉強時間確保と企業の採用活動効率化を同時に達成しようというのが、当初の『就活後ろ倒し』の目的でした。しかし当初の目的とは裏腹に、解禁前に水面下で活動する企業・学生が増加しました」

そしてこの就活時期の後ろ倒しによって、就職活動はオープンでフェアなものからクローズドなものへと逆戻りしまったという。

「採用活動期間が圧縮されることで、短期間で多くの学生を集客・採用することを迫られた企業。その中で優秀な人材を取りこぼしてしまうのではないかと考えるようになります。『解禁日前に優秀な学生と接触したい』『いっぽうで経団連の指針を守っているという体裁をとりたい』という目的を達成するために、クローズドに優秀な学生と出会える手法・サービスが広がっていきました」

上記のような採用手法が台頭した結果、企業の採用活動の効率化は一定レベルでは達成された。しかしその副作用として、リクナビの誕生によって一度は広く開かれたはずの新卒採用市場が、学歴や属性によって再び分断されてしまうということが生じたのだった。

公平かつ効率的な採用を実現するHR Techサービス

就活後ろ倒しの影響で「オープンでフェアな就職活動」のあり方が「クローズドだが効率的な採用活動」に飲み込まれていった2010年代後半の新卒採用市場。しかし、そんな状況に風穴を開けるサービスが現れる。「HR Tech」と総称されるテクノロジーを活用したサービスだ。

「HR Techサービスの中でも特に画期的だったのは『パーソナリティテスト』です。もともとSPIなどの適性検査は以前から存在していたものの、そこからとった性格データは面接の補助資料としてしか利用されておらず、そこからのデータ分析は進んでいませんでした。しかしデータ分析の技術が発達し、ピープルアナリティクスがトレンドワードになる中で、『ESや面接による合否判定よりも、パーソナリティテストによる合否判定のほうが妥当性が高くなる』という調査結果が発表されました。この調査は当時の新卒採用企業の中で大きく話題になりましたね」

パーソナリティテストによって、企業は一定の科学的な精度を保ちながら、もし多くの学生が応募してきたとしてもスクリーニングのコストをほとんどかけず選考ができるようになった。「オープンでフェアな就職活動」と「効率的な採用活動」を両立する採用手法として、新卒採用によるデータ活用が徐々に進んでいった。

「パーソナリティテストは、様々なデータを使うことで人間では分からない埋もれていた可能性を発掘できる選考方法です。なので目立った学歴や経歴のない、でも学業を頑張ってきたいわゆる普通の学生にも光を当てられるようなツールになる可能性を秘めています。なのでパーソナリティテストは多くの学生にとってプラスの影響をもたらすと考えています」

また、webセミナーやweb企業説明会といった採用のオンライン化を進めるツールも「オープン&フェア」と「効率性」を両立させるHR Techサービスと言えるという。そしてそれらのツールの浸透を進めたのが昨今流行する新型コロナウイルスだ。

「新型コロナウイルスの影響で、現在オフラインによる採用活動がかなり制限を受けています。インターンシップやリクルーター採用などのクローズドな採用手法においてもオフラインで接触するのがなかなか厳しくなってくる中で、多くの企業がweb動画・面接ツールを活用した採用のオンライン化に乗り出しました」

その結果、企業は優秀な地方学生や海外に留学している学生など、今までリーチできていなかった層にも接点を持てるようになった。また学生側も、地理的な問題に関係なく就職活動ができるようになり、互いにメリットを享受しているという。

「私自身、新型コロナウイルスが蔓延する前から『採用の効率化は時期の短縮ではなく手法の変化によって達成するべき』と主張してきました。そしてコロナという外的要因がきっかけではあったものの、パーソナリティテストやweb動画・面接ツールをはじめとするHR Techサービスが徐々に浸透する中で、公平かつ効率的な就活・採用活動が徐々に実現してきています」

パーソナリティデータ活用のための倫理的議論を

新卒採用市場における長年の対立軸だった「オープン&フェア」と「効率性」。この両軸を達成させる可能性を秘めているHR Techサービスだが、特にパーソナリティテストの分野ではまだまだ課題も多いという。

「パーソナリティテストにおける課題は、まだまだ倫理的な問題に対して社会的同意形成がとれていないという点です」

「現在各企業が自社の社員の様々なデータを取得し、ハイパフォーマーの特性や早期離職の可能性が高い特性を分析しはじめています。また学生側のデータに関しても、360°評価など様々な軸でデータを取得・分析できるようになっています。しかし、様々なデータ分析ができるような環境は整っているものの、どこまでを分析して合否の判断基準として活用してよいか、どこからがダメなのかはまだ議論が進んでいません」

昨年世間を騒がせたリクナビによる「内定辞退率予測」販売問題は、そのようなデータ分析・活用の行き過ぎた例の一つだと曽和氏は続ける。

「もちろんリクナビ問題については、個人情報や採用の公平性の観点から見て決して肯定できることではありません。しかしデータ分析・活用という観点から見てみると、オープン&フェアと効率性を同時に満たすデータをどのようにアウトプットするかという努力の過程の中で生まれた、行き過ぎた事例と見ることができると考えています」

そしてこのリクナビ問題によって「パーソナリティデータ活用による人材発掘の可能性を潰してしまうのではないか」と危惧している。

「リクナビ問題の影響によって今様々な企業が取り組んでいるパーソナリティデータ活用が社会的にダメなものだと認識されてしまうと、またかつての学歴や属性によって判断される、クローズドな採用に逆戻りしてしまいます」

「ピープルアナリティクスは人の可能性を発掘するための技術です。もちろん線引きは難しく、社会的合意形成もきちんと取らなければいけませんが、一方で今はパーソナリティデータ活用に対してセンシティブになりすぎているとも思います」

「時代を逆戻りさせないためにも、あらためてパーソナリティデータ活用がもたらす価値や、それによって社会はどんなメリットを得るのか各関係者が議論を重ね、 冷静な目でこの領域の進展を見ていく必要があるのではないでしょうか」