パーソルホールディングス株式会社
グループ経営戦略本部 本部長
木下 学 氏
きのした・まなぶ/2000年3月慶應義塾大学商学部卒業。新卒にて株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。法人営業、人事を経て、2012年10月より転職サービス『doda』のマーケティング責任者ならびに・編集長に就任。2015年よりアルバイト求人情報サービス『an』も兼任。2017年4月より同社コーポレート本部の責任者、2019年10月よりパーソルホールディングス グループ経営戦略本部 本部長に就任。
2019年11月に、惜しまれながら50年以上の歴史に幕を下ろすことになったアルバイト求人情報サイト「an」。アルバイト領域の老舗である同サイトの終了に驚いた人も多いのではないだろうか。今回の特集では「an」とその関係者にスポットを当て、激変するアルバイト求人市場の最前線を追う。
今回はパーソルホールディングス株式会社の木下氏に話をうかがった。2015年から『an』のマーケティングに携わり、現在はパーソルグループ全体の経営戦略とコミュニケーション戦略を担う同氏に、『an』撤退の理由と今後のアルバイト領域への事業展開について尋ねた。
『an』撤退の理由は「転職領域への投資の集中」
もともと木下氏は『doda』のマーケティングを担当し、その後『an』のマーケティングも兼任していた。『an』クローズの決定の背景には、どのような経緯があったのだろうか。
「一言でいうと『パーソルグループ全体を俯瞰したときの投資、人的リソースの最適化』が大きな理由です。『an』の事業自体は地道に推移していたものの、アルバイト求人メディア市場は参入する企業がどんどん増えて、今後も激しいパイの奪い合いが起こることが予想されており、単体で収益性を向上する計画を立てるのが難しくなっていました。一方で転職領域を見てみると、人材紹介事業が大きく成長するなど、今後転職領域で伸びるマーケットが見えている時期でもありました」
そのような状況をふまえて、最終的には投資の選択と集中、そして人的リソース配置の観点から転職領域に集中する経営判断をしたのが『an』撤退の一番の理由となった。
「長期にわたって『an』を懇意に扱っていただいていた代理店様も多数ある中で、様々な影響を考えかなりの時間議論をしてきました。お客様により多くの価値を提供するための投資配分、人員配置を考えたとき、転職領域に人を集中させた方が企業としてお客様への価値提供を最大化できると判断しました。『an』の事業部には当時約600名の営業が所属していたのですが、現在はそのほとんどが転職領域で活躍しています」
「2010年代の前半には、一人の営業担当が転職・アルバイトの領域に関わらずパーソルキャリアが提供するサービスを販売できる体制づくりを敷いていたので、『an』の営業の中にはかつて『doda』も取り扱ったことがある人も多かったんです。そのような背景もあり、今回の人員配置の決定をしました」
「とはいえ、転職市場とアルバイト市場は顧客のニーズや求職者の属性も違いますから、営業やキャリアアドバイザーとして全員が即戦力というわけにはいきません。異動した本人にとっては職種チェンジのようなものです。しっかりと研修やOJTを行い、約一年間かけて戦力になってもらえるように全社でバックアップしています」
今回の『an』終了によりアルバイト市場から求人広告事業としては撤退したパーソルグループだが、「アルバイト・パート領域への挑戦は引き続き行っていきたい」と続ける。
「いわゆる既存の求人広告モデルの事業は撤退しましたが、アルバイト・パート領域の支援を全く行わない、という判断をしたわけではありません。ATSやシフト管理サービス、スキマ時間を活用した求職者とのマッチングなど、今後も様々な形で企業のサポートや採用支援を行いたいと考えています」
時代の変化に合わせたマッチングの形を模索する
パーソルグループでは現在、アルバイト・パート領域向けに複数のサービスを展開している。
単にアルバイト・パートの求人応募を充足させるだけではなく、様々な切り口からサービスを展開するパーソルグループ。これらのサービスを展開する同社は、アルバイト求人市場をどのように見ているのだろうか。
「新型コロナウイルスの影響もあるため今後どうなるか読めないですが、過去10年間を振り返ると、アルバイトを採用したい企業に対して求職者の数が足りず、求職者の取り合いになっている構造はずっと変わっていません。バイトをしたい求職者の数が数十名なのに対し、バイトを募集している求人企業の数は100以上というエリアもざらにあります」
「このようなことが起こっている背景として、今までアルバイト・パートの主力層を担っていた主婦やフリーターの方が、昨今の労働力不足の影響で正社員として働くことが増えていることがあります。学生もより将来につながるスキルを身につけたいと考えインターンシップに時間を割くことが増えた結果、いわゆる普通のアルバイトを選ぶ人が減ってきていますね」
「また、情報の探し方にも変化があります。昔は求人情報誌に掲載している求人の中から仕事を選んでいたのが、今はIndeedなどを使い複数の媒体をまたいで求人を探したり、希望条件を入れれば自動で求人をレコメンドする機能が一般的になったりなど、より働きやすい雇用形態、より良い仕事を探せる環境が整っています。求職者も『もっといい仕事があったら掛け持ちしよう、仕事を変えよう』と考えている傾向は強まっていますね」
アルバイト・パート領域で働く人口の減少や仕事探しの仕方の変化に伴い、アルバイト・パートの人材募集はより困難になってきている。だがその一方で、新たな人材層や働き方のニーズも生まれているという。
「外国籍人材やシニア層は今後アルバイト・パート領域を担う人材層として注目しています。またフリーランスやスキマ時間で働くなど、柔軟な働き方をしたいというニーズも増えているので、そこに対しても今後価値提供をしていきたいですね」
「採用企業側もこの売り手市場の中で、外国人活用やシニア活用・かつて自社で働いていたOB・OGにまた働いてもらうなど、新しい取り組みをするところが増えてきています。求職者も企業も変化しようとしている中で、パーソルグループも双方にとってより良いマッチングの形を模索していきます」
『an』の想いは次のサービスへ受け継がれる
パーソルグループの今後の展開について聞くと、木下氏は市場の変化に合わせて今後もアルバイト・パート領域でサービスを提供していきたいと語ってくれた。
「パーソルグループには『Drit(ドリット)』という新規事業創出プログラムがあります。社員自身がビジネスプランを企画し、選考を通れば実際に予算をもらって事業をスタートできるというプログラムです。『Drit』では、元anの営業マンなど、『an』に思い入れがあってアルバイト・パート市場に明るい人たちがアルバイト・パート領域へ向けたビジネスプランを考えて提案してくれています。彼らが考えてくれたプランの中から、今後実際にサービスとして世に出るものがあるかもしれません」
また、その中でまた再び『an』というブランドを活用する可能性もあるらしい。
「『an』終了のお知らせをしたときに、ありがたいことに企業の方から『どうしてやめちゃうんですか?』というあたたかい声を多くいただきました。50年以上の歴史があることもあり、多くの企業や求職者の方が『an』に対して親しみを感じていただけているのではないかと思っています」
「求人メディアとしての『an』は終了しましたが、ブランドとしてのanは現在も強い力を持っています。今後新たなサービスが立ち上がる中で、『an』というブランドと強いシナジーが生まれそうだと判断すれば『an』という名称を使ってサービスをリリースすることも考えています」