【人事データ活用 番外編】人事領域におけるデータ活用の課題と展望

今回の記事は、株式会社コーポレイトディレクションの臼山美樹氏より寄稿いただきました。

リアルタイムワークデータで「はたらく」を変える。人事データ活用最前線

近年人事データの活用、いわゆる「ピープルアナリティクス」が注目を集めている。最近は、従来の人事データのみならず、日々の「はたらく」にかかわるデータ(リアルタイムワークデータと呼ぶことにする)を広く収集・活用しようとする動きが広まってきている。それに伴い、センシング技術やウェアラブルデバイス、オンラインツール等、「はたらく」を可視化するツールも続々と登場してきている。本特集では、新しい「はたらく」にかかわるデータの収集・活用の取り組みに焦点を当てながら、人事データ活用の最前線を追う。

今回は、組織人事領域の調査研究やソリューション提供を行う株式会社パーソル総合研究所で、多くの企業に人事データ活用支援を行ってきた西尾紗瞳氏に、人事データ活用の実態と活用促進に向けたハードルについて話を聞いた。

株式会社パーソル総合研究所
タレントマネジメント事業本部 ソリューションセールス部 部長
西尾 紗瞳氏
にしお・さとみ/新卒で外資系コンサルティングファームに入社し、IT・業務改革コンサルティングを経験。2014年にパーソル総合研究所(旧インテリジェンスHITO総合研究所)に参画し、人事制度設計や人材定着支援等、人事・組織分野の様々なコンサルテーションを主導。最近は人材のアセスメントや人事データを活用したタレントマネジメントなど、ピープルアナリティクスのアプローチを取り入れたコンサルティングを多数手掛けている。

(インタビュアー)株式会社コーポレイトディレクション
コンサルタント
臼山 美樹氏
うすやま・みき/株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)にて約200社の法人企業への採用支援、および約1000名の個人への転職支援に従事した後、インドネシア拠点に出向し日系企業向けの人材紹介業務を担当。その後、経営戦略コンサルティングファーム、コーポレイトディレクション(CDI)に参画。CDI参画後は中期経営計画策定支援や人事制度改革支援、ASEANでの成長戦略策定支援等に従事。

人事データの活用によりパフォーマンスや育成効果の向上につなげる

様々な人事データを収集・分析し、経営・人事の意思決定に活かすピープルアナリティクス。実際にどのようなシーンで活用できるのか、西尾氏に聞いた。

「例えば、全社的な異動・選抜などが代表的です。自分の部門から優秀な社員を引き抜かれるとなると多くの場合抵抗に合いますよね。しかし、データによって『この社員はこういう仕事に適性があるので、全社人材として選抜します』と伝えられたら納得度も高まります。ピープルアナリティクスは、部門横串での育成や配置、全社に影響する施策を推進するような場合に強力なコミュニケーションツールとなります」

「また、特に新入社員の配属検討においては、拠り所となる評価や職歴情報がないため、データで適性を見ながら判断するのは有効です。過去には、社員をいくつかのタイプに分類し、『職種』や『上司』との相性を見極めるという取り組みを行ったこともあります。

また、ある時点までは順調に昇格していくのにどこかの時点で成長が止まってしまう、あるいは管理職になった途端伸び悩んでしまうケースが気になるという相談を受け、社員の成長タイプを検証したという例もあります。その結果、この企業では若手のうちは周囲との関係構築力や行動力が評価され昇格が早まる傾向が見られましたが、一定のグレード以上になると、そういった能力よりもむしろ思考力や創造性に長けた人材が評価されているということがわかってきました。しかしながら、それらの能力の一部はメンバー時代の昇格スピードにはネガティブに影響することもあったのです。ここで得られた結果から、思考力や創造性を養うような機会提供やフィードバックを行い、そのような素養のある人材を早期に引き上げていくような人事施策が検討されることになりました」

人事データ活用への関心度は高い一方で、活用しきれていない企業も

ピープルアナリティクスに対する企業のニーズや活用状況はどのようになっているのだろうか。

「3年ほど前でしょうか、ピープルアナリティクスという言葉が急速に普及しました。当時は目新しいワードに飛びついて「何かできないか?」という問い合わせも目立ったのですが、最近はデータを使ってどのような課題を解決したいのか?をしっかり整理し、具体的に活用を検討されている企業が多くなっています。

一方、パーソル総合研究所が実施した『人材に関するデータの分析実施状況』の結果を見ると、意思決定に活用できている企業は16.9%となり、思ったほど活用できていないのが現実です」

人事データの活用に向けて課題となる3つの課題

データ活用を推進するにあたり、企業はどのようなことにハードルを感じているのだろうか。西尾氏いわく、人事データの活用が進まない要因には、大きく3つあるという。

データのバリエーション/量の乏しさ

「1つ目は、『人事データの少なさ』というハードル。もともと膨大なデータがあるマーケティングやロジスティクスなどの領域と異なり、人事データは従業員の基本的な属性情報程度しか保有していない企業も多いのが実情です。

その場合、まずは人事データを収集・蓄積するところから始める必要があり、それなりの投資やシステム基盤の整備も必要になります。また、社員自身にスキル情報やキャリアプランを入力してもらう場合は、データ活用の目的や意義についての理解を得るプロセスや、入力データのメンテナンスルールを整備する必要もあります。このあたりは、企業にとってはハードルかもしれません」

効果検証の難しさ

「2つ目は『効果検証の難しさ』。例えば、パフォーマンスを向上させる因子は本人の能力特性や行動傾向だけでなく、チームの人間関係や上司の支援など環境因子の影響も大きいと考えられます。そのため、「これをやったらパフォーマンスが〇%上がる」と説明することが非常に難しいのです。

また、ある施策が有効だろうと仮説を立て、これを検証しようとすると、厳密には『施策を投下したグループ』と『投下しなかったグループ』に分けて比較しなければなりません。しかし、人事領域ではそういった実験をやりにくいのも悩ましいところですね」

個人情報の取り扱いの難しさ

「最後は少し観点が異なるのですが、『人事データは誰のものか』という問題です。最近は従業員のデータを本人同意無しに活用した、もしくは目的外の活用がなされていたといったトラブル報道が目立ってきています。まだ人事データの活用については歴史も浅く、こういった問題へのガイドラインも十分に整備されているとは言えません。そのため、データや分析技術があっても、多くの企業は従業員のデータを全面的に活用することには慎重なのです」

人事データ活用のカギは「個人へのメリットの還元」と「トライアンドエラーの積み重ね」

上記のようなハードルを乗り越え、人事データ活用を推進するにどうしたらよいのだろうか。西尾氏によると、大きく2つのことがカギになると言う。

社員個人にデータ活用のメリットを還元すること

「人事データを収集するには、社員自身の協力が不可欠だと思います。そのため、社員に対してどのような目的でどのようなデータを取得するのかをきちんと開示することが重要です。さらに、データを集めっぱなしではなく、それをどのように活用して社員個人にとってのどんなメリットにつながっているのかがわかるようにすることです。

例えば、組織サーベイを毎年やっているが、それが何に使われているのかわからないという話をよく聞きます。サーベイでどんな課題が明らかになり、会社として改善のためにどんな取り組みをやっているのか、そのようなコミュニケーションがなければ社員の協力を得るのは難しくなります」

段階的なデータ収集・活用のプランに基づく、トライアンドエラーの積み重ね

「人事の方とお話していると、データを使ってやりたいことは山のようにあり、あれもこれもと手を広げようとして中々前に進まないということが時々見受けられます。現実とのギャップが大きいほどそうなりがちなので、あくまで人事課題起点で優先度の高いテーマを絞り、第1フェーズはこのデータを使ってここまでやってみる、第2フェーズでここまでいければOKと、データの範囲と活用の範囲を段階的に広げていくのがよいと思います。

もし、やってみて思うような結果が得られなければ軌道修正し、他のやり方を試してみればよいのです。いきなり100%の結果を得ようと思わないことです。また、場当たり的にスタートしてシステムも入れたものの、その後の活用プロセスをちゃんと考えていなかったために施策に活かせていないというパターンもよく目にします。ある程度中長期的な視点でデータ収集・活用のプランを検討しておかないと、データもシステムも宝の持ち腐れになってしまいます」

これからの人事データの活用展望

最後に、今後の人事データ活用の展望について聞いた。

「人事データの活用に向けていくつかハードルはあるものの、享受できるメリットは非常に大きいと感じています。具体的なメリットとしては、これまで一部の幹部候補以外の社員は「マス」でしか捉えられなかったところから、データ活用により「個人」にフォーカスした育成やマネジメントが実現できるようになること、そして、データが人事と経営陣、人事と現場部門の共通言語となり、意思決定が円滑になることなどです。それらのメリットを踏まえると、今後も人事データ活用は益々進んでいくと考えています」