株式会社ワンキャリア
Evangelist
寺口 浩大 氏
てらぐち・こうだい/1988年兵庫県伊丹市出身。京都大学工学部卒。リーマンショック直後に三井住友銀行で企業再生、M&A関連業務に従事し、デロイトトーマツグループなどを経て現職。現在は経営企画とパブリックリレーションズ全般に関わる。コラム連載、カンファレンス登壇のほか、採用マーケットの透明化を推進するムーブメントを仕掛ける。共著に『トップ企業の人材育成力』。
現在、新卒採用における採用手法は大きな広がりを見せています。従来のナビサイトのみにとどまらず、ダイレクトリクルーティングやインターンシップ、SNS採用、求人検索エンジンなど、企業・学生ともに選択肢が多様化しています。本特集では新卒採用サービスを提供する各社に話を聞き、新卒マーケットの今とこれからのトレンドを紐解きます。
新卒採用領域において採用DXを推進する株式会社ワンキャリア。同社のEvangelistを勤める寺口氏は「学生の仕事選びのあり方が大きく変わった今、企業側もまた採用のあり方を変革しなければならないことに気づき始めている」と語る。今回は学生側で起こった変化と、今後の新卒採用企業のあるべき姿について話を聞いた。
「就活の透明化」を目指し学生の声を届けつづけた
ワンキャリアは創業当初から「ブラックボックスとなっている就活マーケットの透明化」を目指し、新卒採用企業のクチコミやイベント・面接の体験談を閲覧できるメディアを運営している。
「かつての新卒マーケットは、企業からお金をもらって学生に情報を届けるという情報構造を前提として採用活動がおこなわれていました。またその当時から学生起点の情報として就活掲示板は存在していましたが、そこで書かれている情報の信頼性は到底高いとは言えないものでした。つまり学生は、企業起点で発信されるいわば『着飾られた情報』か、匿名性が高く真偽の判別がつかないようなクチコミという、両極端な情報をもとに就活の意思決定をせざるを得ない状況だったんです。
学生にとって重要なファーストキャリアを決めるための情報が不透明である。その課題を解決し、就活を透明化するために、就活イベントや企業ごとの説明会・選考の体験談など、学生の声を集めた信頼性のある情報を集めた『ONE CAREER』というメディアがスタートしました」
『ONE CAREER』はその後、学生のリアルな声が知れるメディアとして、クチコミで徐々に広がっていったという。『ONE CAREER』が世の中に大きく知られるきっかけとなったのが、2019年3月に行った『#ES公開中』というブランドコミュニケーションだ。
「このブランドコミュニケーションでは、人気企業の選考を通過したエントリーシートを無料でまるごと公開し、web上だけではなく様々な場所で配布しました。
学生の中には就活対策本や就活塾など、選考に受かるためのテクニックを学ぶことに時間とお金を割いている人も多いです。しかし、受かることをゴールにしてそこに労力を割くのではなく、自分のキャリアときちんと向き合い、どう書くかではなく、何を書くかを考えることに時間を使ってほしい。そんな願いを込めてこのブランドコミュニケーションを行いました」
このブランドコミュニケーションは、学生や就活生を子に持つ親世代、社会人などのユーザー側にはおおむね好意的に受け入れられたようだ。しかし、このような『就活の透明化』に対する企業側の反応は、賛否両論に分かれていたらしい。
「『内定をゴールにしてほしくない』というメッセージに共感してくださる人事の方は非常に多かったです。しかしときに、『学生の声を載せることでますます就活武装をする学生が増えてしまう』といった不安の声や、『このような選考の情報を公開するのは情報漏洩なのではないか』という批判をいただくこともありました」
「しかし今、企業側も徐々に個人のクチコミの重要性に気づいてきている」と寺口氏は続ける。
「『ONE CAREER』というメディアが学生に広まっていくとともに、『ONE CAREER』経由でうちの会社を知ったという学生が最近増えているので一度話を聞かせてくれないか、という企業様のお問い合わせが徐々に増えてきました。
また個人のクチコミの影響力が大きくなった今、『不誠実な採用活動はいずれバレて、炎上リスクにつながる』という考えは一般的なものとなっています。候補者は今も昔もステークホルダーです。これまでは無視しても何とかなった。個人の声は時間と共に消えていったから。ただ、ここ数年で個人の仕事選びの価値観の変化や、SNS、CGMの台頭でそれが証明されました。
新しい時代でも個人に選ばれるために、採用を一方的なジャッジの場でなく、候補者一人ひとりと向き合っていく方向に舵を切る企業様は増えていると感じています」
企業が行うべきはユーザー体験向上への投資
クチコミが一般的になり、情報の流通構造が変化した今、学生の仕事選びは従来のやり方から大きく変わった。寺口氏によると、この急激な学生の変化に対応できている企業はまだごく一部に過ぎないという。
「これまで新卒採用領域では様々なサービスが生まれてきましたが、そのどれもが『企業から学生へ』という一方向的な情報流通構造を基本としたサービスでした。長年そのような構造が変わらなかったため、『学生の体験を向上させることが重要だ』と気づいても、どのように行動を変えればいいのか分からないという企業様はまだまだ多いです」
そのためワンキャリアでは採用DX支援事業として、企業の採用活動における学生のユーザー体験を高めるためのサポートを行っているという。学生のユーザー体験を高めるために、企業はどの様なことに取り組む必要があるのだろうか。
「採用活動において重要な3つのコンテンツがあります。それら3つのコンテンツを強化していくことで、自社の採用活動での体験を学生に満足してもらえるものへ改善していくことができます」
「一つ目に力を入れるべきコンテンツは、記事広告や企業イベント、Live配信などのデジタルコンテンツです。これらのコンテンツには学生の期待値を高める体験を提供するという効果があります。
企業の中には『本当は技術力を持った会社なのに、営業力が強いイメージがある』『堅いイメージの会社のため安定志向の学生から人気が強く、イノベータータイプの学生と会えない』など、イメージと実態が合致しない企業が多くあります。そのため適切に企業ブランドを認知してもらうためのコンテンツを作り、きちんと学生に届けることが重要になります」
「そもそも良い体験を作るためには、『相手の期待値を超える』ことが重要です。学生の心理として、企業の選考体験が自分の期待以上だったときに、ポジティブなクチコミを残してくれます。
①のデジタルコンテンツで行ったことはあくまでも期待を作る体験。学生に良い体験だったと思われるためには、②の選考・インターンの中で『期待に応える体験』『期待以上の体験』を提供する必要があります。ワンキャリアでは、ワンキャリアクラウドを用いて、その体験をつくるためのデータ収集・分析や採用設計をお手伝いしています」
「②選考・インターンの中で学生の期待を超える体験を提供することで、学生たちはポジティブなクチコミを残してくれます。そしてこれらのクチコミは『信頼できる情報』としてストックされ、また学生の新たな期待を生み出します。このように企業のアカウントにポジティブなクチコミがたまっていくと、広告費をかけなくても自然と人が集まってくるようになります」
学生と誠実に向き合う企業が報われる時代に
従来の新卒採用マーケットでは、企業にとって学生はあくまでも一方的に評価する対象だった。しかし個人の声が力を持ち、仕事選びの重要な情報源の一つとして認識されるようになったことで、企業と学生の関係性は互いに向き合い、評価し合うものへと変わってきている。
「『ONE CAREER』ではクチコミ評価の高い企業を表彰する『クチコミアワード』というイベントがあるのですが、ある人事の方の『クチコミアワードは学生に誠実に向き合った結果の証明。何よりも嬉しい』という言葉が印象に残っています。
というのも、人気企業ランキングは知名度、広告宣伝費や年収・福利厚生といった条件で決まるところが大きいですが、クチコミアワードは学生からの評価が高くないとランクインできない。人事である自分たちの学生に対するスタンスや努力が一番反映されるのがクチコミアワードだからとおっしゃっていました。企業と学生の関係性は、そのような形が理想だなと感じています」
実際に、ワンキャリアのクチコミアワードに入選した企業は、その後リファラル経由でのエントリーが増えたという実績もあるという。採用戦略として、魅力的なユーザー体験をいかに設計するかは、今後新卒採用マーケットにおいて重要な関心事になりそうだ。
「学生と誠実に向き合う企業・人事が正当に評価される時代になりはじめていることは、一つの希望だと思っています。なので、もしも『学生のユーザー体験を向上させることが採用競争力向上につながる』ということに対して半信半疑で取り組んでいる人事の方がいらっしゃったら、誠実な努力が報われることを信じて取り組み続けてほしいというのが僕たちの願いです。
またそのような誠実な企業にきちんと光が当たるように、この新卒採用マーケットを変革することが僕たちの仕事だと考えています」