トゥモローゲート株式会社
常務取締役
西崎 隼平 氏
にしざき・じゅんぺい/トゥモローゲート株式会社常務取締役、最高戦略企画責任者。大学卒業後、外資系不動産コンサルティング企業を経て当時社員7人だったトゥモローゲートに入社。現在は戦略企画部のマネジメントや新規事業の推進を担当。
現在、新卒採用における採用手法は大きな広がりを見せています。従来のナビサイトのみにとどまらず、ダイレクトリクルーティングやインターンシップ、SNS採用、求人検索エンジンなど、企業・学生ともに選択肢が多様化しています。本特集では新卒採用サービスを提供する各社に話を聞き、新卒マーケットの今とこれからのトレンドを紐解きます。
少子高齢化による労働人口減少に伴い、国内の採用競争はさらに熾烈を極めている。そのような中でも求職者に選ばれる企業になるために、採用戦略として「企業ブランディング構築」に取り組む企業は年々増えているようだ。
そこで今回は「ブラックな会社」のキャッチコピーを掲げ、ソーシャルメディアなどでその存在感を強めている企業、トゥモローゲート株式会社の西崎隼平氏に話をうかがった。社内で蓄積したノウハウを活かしながら、中小・ベンチャーを中心に様々な企業のブランディングをサポートしてきた同社に、強いブランドを作るためのポイントを聞いた。
ブランドとはステークホルダーとの「約束」
一口にブランドと言っても、その定義やイメージするものは人によって異なる。そのためブランディングに取り組む際には、まず「ブランドとは何か」について、社内で目線を合わせることが重要だ。
「トゥモローゲートではブランドを『顧客や社員・求職者の方々などの、ステークホルダーに対する約束』と定義しています。
自分たちはどのような会社を目指しているのか、どのような価値を提供するのか、そのために何をやるのか。ミッション・ビジョン・バリュー、すなわち『約束』をきちんと明確にし、守り続けることで強固なブランドになります」
そしてブランディングとは、それらの約束を戦略的にアウトプットしながら、約束を守り続ける組織を作っていく活動のことを指すという。では具体的に、どのようにブランディングを進めて行けばよいのだろうか。
ブランドについて考えるときに「どのように見られたいか」「対外的にどのような発信をするべきか」という視点から取り組み始めてしまう企業は少なくない。しかし西崎氏は「自分たちはどのような組織なのかを明らかにすることがブランディングの第一歩だ」と語る。
「なぜかというと、どのように見られたいかという視点からブランドを構築しても、中身が伴っていなければ結果的にステークホルダーの期待を裏切ってしまうことになるからです。
先ほども言った通り、ブランドは約束。対外的な発信と実際の提供価値が異なっていると、ファンを作るどころか『期待外れ』と言われてしまいます。ズレのないブランドを作るためにも、まずは自社が持っている強みやカラーといった魅力を言語化することが大切です」
しかし、所属している組織の魅力はなかなか見つけづらいもの。実際に、自分たちの魅力ではない部分を発信してしまったり、魅力が社内の共通認識として浸透していなかったりする企業も多い。どのように自社の魅力を見つければいいのだろうか。
「実はその会社にとって当たり前になっていることの中に、強みが隠れていたりします。
例えば、過去に八百屋さんのブランディングをお手伝いしたことがあるのですが、社長の話を聞いていく中で、社長自身が野菜の仕入れや値付けのノウハウを楽しそうにお話していることに気づきました。社長が八百屋ビジネスに誇りを持ち、仕事を本当に愛している。その『こだわり』とも言える思いこそ、その会社の強みだと感じました。
こだわりがあまりにも習慣化してしまうと、その会社にとっては当たり前すぎて、強みとは認識されません。しかし、実はそのような部分こそ、その会社の強みとなるのです」
アウターブランディングをする際は、前段で発見した強み・こだわりの延長線上の表現を意識することで、実際の提供価値とのズレが少ないブランドが構築できる。
費者や顧客・求職者など、社外のステークホルダーに対して自社のブランドをアピールしていく活動のこと。アウターブランディングのコンテンツとして、キャッチコピーやwebサイトのデザイン・ソーシャルメディアや広報の発信などがある。
アウターブランディングに対して、社内のメンバーに向けて自社の経営理念を強く意識させるための活動を「インナーブランディング」と言う。
そして、そこでのポイントは「差別化すること」だと西崎氏は続ける。
「先ほど見つけた自社の強みやこだわり、すなわちその会社が持っている本質的な魅力というのは、抽象化を繰り返すうちに『顧客志向』や『アットホームな雰囲気』など、一般的に良い組織が大切にしているとされるポイントに集約されることが多いです。
それ自体は決して悪いことではないのですが、いざアウターブランディングのときに『顧客志向』『アットホームな雰囲気』など紋切り型の言葉をそのまま使ってしまうのは、せっかく見つけた自社の強みが埋もれてしまい非常にもったいない。唯一無二のポジションを築くためにも、徹底的に差別化して見せることが大切です」
例えば「アットホームな大企業」と「アットホームな中小企業」では、多くの求職者が安定や福利厚生を求めてアットホームな大企業に入社したいと思うだろう。自社の価値観に共感してくれる人を惹き付けたいならば、オリジナリティのあるワーディングやデザインを意識したい。
また、その企業のブランドを作るのはアウターブランディングのコンテンツだけではない。従業員に向けた経営理念浸透のための施策、すなわちインナーブランディングも同時並行で行う必要がある。
「接客や電話応対の態度、社員の日々の行動などといった価値提供に関わる『人』もまた、ブランドを作る大きな要素です。どんなにアウターブランディングを頑張って見栄えをよくしても、社員一人ひとりがブランドイメージを体現できていないと、ブランドは大きく崩れてしまいます。そのため、社員に経営理念を浸透させることが非常に重要なんです」
実際に、トゥモローゲートでは自社の企業理念を浸透を促進するため、「ビジョンマップ」というものを作成している。
「ビジョンマップとは、トゥモローゲートにおける経営理念(ミッション・ビジョン・バリュー)の定義と、そこを目指すための道筋を示したものになります。
ビジョンマップを作成するうえでこだわったポイントは、認識のズレが起こらないように、言葉を細かく定義すること。トゥモローゲートのビジョンは『世界一変わった会社で、世界一変わった社員と、世界一変わった仕事を創る。』なのですが、人によって何を『変わっている』『オモシロイ』と思うかは様々です。
そこで、このビジョンマップでは、会社が本質的に考えていた『オモシロイ』の要素を分解して言語化し、社員同士で認識合わせができるようにしています」
しかし西崎氏によると、ビジョンマップの作成だけではインナーブランディングは達成できないという。組織に企業理念を浸透させるため必要なのが、経営層・マネージャー層自身が理念を体現し、理念にそぐわない行動を徹底的になくしていく覚悟だ。
「例えば、社長が崇高な理念を掲げて『ここが大事だ』と言っているのに対して、部長が『社長はああいっているけど、現場ではそうはいかないこともあるから、だいたいのところでいいよ』と言っている。そのような状態では、社員全員に浸透していくはずがありませんよね。
せっかく明文化した理念も、上長のちょっとした一言でただの紙切れになってしまう。インナーブランディングにおいては上層部こそ、理念に真剣に向き合い体現する必要があります。そうすることではじめて、徐々にメンバー層にも企業理念が浸透していきます」
実際に、トゥモローゲートの経営陣は企業理念の実現・ブランドの浸透のための会議を設けるなど、企業理念の認識のずれをなくすためのコミュニケーションを欠かさず行っている。
「理念の実現を妨げている問題は何か、もっと自分たちのブランドを分かりやすく伝えるにはどうしたらいいのか、経営陣一人ひとりが真剣に向き合っています。
ここは徹底してこだわっていこうと決めている部分なので、わずかなズレさえも起こさないようにするためにガッツリ話し合います。本気で取り組んでいるからこそ、みんな納得するまでゆずらず、結構泥臭い議論になったりもしますね(笑)」
言葉にすることで組織とブランドが強くなる
対外的な発信に対して、実際の提供価値が伴っていないと、ステークホルダーの期待を裏切る結果になってしまうのは前段の通りだ。では、本当に中身が伴っている範囲でしかアウターブランディングをしてはいけないのかというと、実はそうとも限らないらしい。
「というのも、対外的にちょっと背伸びしたブランドイメージを発信することで『そのイメージになんとか追いつこう』という気持ちから、組織がより強くなるケースがあるからです。そして組織がより強くなることで、アウターブランディングもより強固なものとなっていきます。
このようなアウターブランディングとインナーブランディングの好循環を生めれば、ブランドは強くなります。大事なのは、アウターブランディングとインナーブランディング、どちらも手を緩めることなく本気で取り組むことです」